第9話「すけっち」

「ねえ月乃ちゃん、スケッチしない?」


 ある日の昼下がり、花恋が月乃にそう言った。


「……スケッチ?」


 月乃は本を読んでいた手を止めてきいた。花恋は頷き、手に持っていたスケッチブックを月乃に見せる。


「そう! お互いの顔をスケッチするの!」

「……わかった」


 月乃が頷くのを見ると、花恋はスケッチブックの紙を2枚破き、1枚を月乃に渡した。

 月乃はちょうど近くにあった筆箱から鉛筆を取り出すと、花恋の顔を描きはじめた。花恋も同じように月乃の顔を描き始める。

 ふたりは双子の姉妹で髪と目の色は同じだが、顔立ちに差異がある。月乃は少々タレ目で目が小さいが、花恋は溌剌とした大きな目をしていた。ちなみに目の色はふたりとも紫である。

 ほかにも、当たり前ではあるが髪型が異なっていたりする。花恋は短めの髪だが月乃の髪の毛は長い。ちなみに髪の色はくすんだ紅色である。

 当然、似ているところもある。鼻や口などはそっくりだったりするあたり、流石は双子といえるだろう。

 余談だが、はかせは無造作な黒髪に眠そうなタレ目、無精髭といった出で立ちをしている。あまり身だしなみに気を使うほうではないのだ。

 そうこうしているうちに、絵が完成した。ふたりは互いに完成した絵を見せあう。


「おー! 月乃ちゃん上手!」

「……花恋ちゃんの絵は、あまり上手じゃない」

「ゔっ……」


 月乃の言葉に、花恋は笑顔のまま沈黙した。全体のバランスはごちゃごちゃだが、特徴は捉えているので下手というほどではない。かといって上手でもなかった。

 月乃は意外と絵心があるらしく、それなりに上手に描けていた。


「れ、練習すればうまくなるもん!」


 花恋はふくれ面になってそう言うと、物凄い勢いでスケッチブックに絵を描き始めた。技術を伸ばさないと上達しないんじゃないかと月乃は思ったが口にせず。黙って本を読み始めた。

 

   *   *   *


 その後も花恋の絵は上達しなかった……わけではなく、練習の甲斐あってか少しずつ上達していった。闇雲に描いていたわけではなく、ちゃんとどこがおかしいのかということを確認しながら描いていたからだ。

 すると今度は月乃が絵を描き始め、どんどん花恋を引き離していった。それに花恋が意欲を燃やして、また描いて……その繰り返しだ。

 お互いの絵を貶すこともないわけではなかったが、ケンカにはならなかった。なんだかんだ言って仲がいい姉妹なのだ。

 それからしばらくのあいだ、ふたりは絵に熱中していた。毎日描いているのではかせはたびたびスケッチブックを調達することになり、遂にはまとめ買いを決めたとか……。

 こうしてふたりの日々に、またひとつ変化が生じたのだった。

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