第8話「ふうせん」

 花恋と月乃の部屋は2階にあり、隣接している。

 内装はどちらもほとんど変わらず、本棚とベッド、洋服タンスと勉強机があるだけだ。部屋が狭いというわけではないので、ふたりはそれでいいらしい。もちろん、物はそのときによって増えたり減ったりするのだが、固定で置いてあるのはそれくらいである。

 最も、細かいところを見れば差異は見受けられる。花恋の本棚にはマンガばかりが入っているが、月乃の本棚には小説ばかりが入っている。花恋の勉強机の上はごちゃごちゃしているが、月乃の勉強机の上は綺麗に片付けられている。まあこれだけでは大した違いにはならないだろうが。

 ちなみに、ふたりは携帯端末を持っていない。電話なら1階にある固定電話を使えばいいし、持つ理由がないのだ。その代わり、部屋にはタブレット端末が置かれている。その用途も限られたもので、料理のレシピの検索や動画の視聴でしか使われていなかった。ゆえにふたりはSNSなどには無知である。

 そんなふたりの部屋で、ある事件が起きた。

 今回はそんな話だ。


   *   *   *


 お昼を少し過ぎたころ、花恋と月乃はリビングにいた。

 既に今日の課題を終え、お昼の食器も片付け終わった。いまは各自で思い思いに過ごしているという状況だ。

 花恋はソファで寝ていた。最初はテレビを見ていたのだが、この時間帯の番組は花恋にはつまらないものだったらしい。やることがないためかソファで横になり、いつの間にか寝てしまっていたというわけだ。

 月乃はその隣で本を読んでいた。花恋が躰を丸めて寝ていたのでスペースが余っていたのだ。ちょうど月乃がすっぽりと入り込めるくらいのスペースだったのでそこに収まったというわけである。

 本を読みながら、ふわぁと欠伸をする。何となく眠くなってきた。お昼を食べたからか、花恋の寝顔が呑気なものだからかは分からない。おそらく両方だろう。

 そのうちに集中力が続かなくなってきたので、月乃は読書を諦めて本を閉じる。読んでいたものはミステリ小説で、各務かがみ亜里朱ありすという作家のものだった。月乃が大好きな作家で、以前放送された青春アニメも各務の作品が原作だったりする。

 月乃は推理をしながらミステリ小説を読むことが多いが、頭がぼんやりしているいまの状態だとそれができない。だから読書を中断したのだが、ほかにやることもない。

 仕方がないので花恋のように丸まり、目を閉じた。少しばかり窮屈だが、それは仕方がない。

 いつのまにか、眠っていた。


   *   *   *


『……月乃』


 誰かがわたしを呼んでいた。

 低くて優しい、男のひとの声。はかせとはまた違う声だ。

 誰だろう?

 姿は見えないから分からない。


『……月乃』


 今度は女のひとの声がした。

 なぜか、その声を知っている気がした。


『……月乃』


 ああ、これははっきりと分かる。

 はかせの声だ。

 なにか用なのかな?

 わたしは、「どうしたの?」ときこうとした。

 その時──


 パンッ!


 なにかが破裂するような音がして、わたしは目覚めた。


   *   *   *


 月乃は飛び起きた。

 その横では花恋も起きていて、「いまの音、なに?」とまだ眠そうな声で言う。どうやら月乃が夢のなかできいた音というわけではないらしい。

 なんだろうと思ったが、思い当たる節はない。

 家のなかにあって、破裂するような音を出すもの……。

 そんなもの、あったかな……。


「あ」


 そのとき、花恋が短く声を上げた。

 どうしたのと月乃がきくと、花恋は月乃の方を向いて、


「部屋にあった風船が割れたのかも」


 それで月乃も理解した。

 ふたりの部屋には以前はかせが買ってきた風船が置いてあった。なかに銀紙が入っており、投げると風船のなかでそれが舞うというものだ。

 以前遊びの道具に使ってから、そのまま放置していたのだが……それが割れたのだろう。

 ふたりは階段を駆け上がり、それぞれの部屋を覗く。

 すると……。


「え、月乃ちゃんの風船も割れてたの?」

「……うん」


 なんと、両方の部屋で同時に割れていたことが判明した。きこえてきた音はひとつだけだったので、まったく同じタイミングで割れたということか。

 当然、なかに入っていた銀紙は散乱していた。ふたりは同時にため息をつき、それからしばらくは銀紙を掃除機で吸い込む作業に追われることになったのだった。


 ちなみに、どうして誰もいない部屋で割れたのか、どうして同じタイミングで割れたのかは、その後も謎のままだった。

 お化けの仕業……とは思わなかったが、それならなおさら謎が深まる。

 なんとなく、怖い体験をしたふたりだった。

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