第7話「しゅだん」

 夕食時にたまたまつけたテレビを見て、花恋と月乃は驚きの声を上げた。


「すご……」

「……リッチ」


 ディスプレイに映っているのはバラエティ番組。「世界のセレブ特集」なる企画をやっており、子供の誕生日プレゼントに家を買うというとんでもないレベルの富豪が映し出されていた。


「流石、金持ちは違うねぇ」


 はかせは平然とそう言うが、ふたりは開いた口が塞がらないといった様子だ。お金というものに触れる機会がないふたりにも、その異常性は伝わったようだった。


「誕生日プレゼントに家って……」

「……レベルが違う」

「あのくらいになると、金銭感覚はだいぶおかしくなっているだろうね」


 ディスプレイに映し出される富豪は子供に100万円単位の小遣いを与え、それでいて欲しがるものはすべて購入している。それが本やお菓子ならまだかわいいものだが、高級車や宝石を要求しているのだから凄い。正直に言って、イカれていると思った。


「凄いよねぇ……」

「……でも、お金があるから幸せとは限らない」


 月乃の言葉に、はかせと花恋は頷く。


「そうだね。お金はひとを狂わせるって言うし、莫大な富の所有が幸せに繋がるとは言い切れないよね」

「そもそも、そんなに沢山のお金を持っているならほかのひとに分けてあげればいいのに」


 以前、貧しい人の生活を追ったドキュメンタリー番組を見たことがあった。彼らはお金がなく、生きているだけでも大変そうだった。

 死と隣り合わせの生活にやつれ果てたその姿を見て、姉妹はショックを受けたものだ。


「……そうだね。でも人間は自分の欲望に従って動いている。地球の裏側で関係のないひとが死んでも自分たちに害がない限り動こうとはしない生き物だからね」


 もちろん、みんながみんなそうってわけでもないけどねとはかせは付け加えた。

 花恋はしばらく黙り込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。


「……わたし、大きくなったらみんなを幸せにしたいな」

「花恋……」

「貧富の差で苦しむひとが増えないように、できることをしたい」

「……わたしも」


 月乃も呟くように言った。その表情はいつもと変わらないが、言葉には重みがあった。


「わたしも、苦しんでいる人を助けたい」


 はかせは黙ってふたりを見つめていた。やがてその顔が笑顔に変わり、嬉しそうに言う。


「そう考えるだけでも、ふたりは偉いよ。……そうだね、じゃあこうしようか」


 はかせは微笑むと、ふたりにある提案をした。


「いま、ふたりにはなんでも好きな物を買ってあげているだろう? そのお金を少しだけ、苦しんでいるひとを助けるための募金に使うのはどうかな」

「募金?」

「小さなことかもしれないけど、それでなにかが変わる可能性もあるよ」

「……でも、いいの?」


 月乃がはかせにきいた。その顔色はどこか冴えないものだった。


「それは、はかせのお金であってわたしたちのお金じゃないのに……」

「いいんだよ。僕はきみたちが元気に育ってくれればそれでいいのさ。僕は最低限の生活ができればそれで満足だし……それに、お金はなにかをするための手段に過ぎないからね」

「手段?」

「僕は花恋と月乃が元気に育ってくれることを願っている。お金はその願いを叶えるための手段なんだ」

「はかせ……」

「だから、気にすることはない。きみたちがしたいことをしなさい」


 はかせがそう言うと、ふたりの顔が輝いた。


「はかせ……!」

「……ありがとう、はかせ」


 ふたりははかせに飛びつく。

 突然のことにひっくり返ったはかせを見て慌てて謝るふたり。

 自分たちの下で困ったような笑みを浮かべるはかせを見て、ふたりはふと思った。


(もしかして……)

(……テレビで見たセレブが子供に家を買ってあげたのも、はかせと同じ理由なのかな)


 お金という手段で、自分の幸せを掴む。だけど、無関係なひとには与えない。

 きっとそういうことなんだろうなと思った。


 そして、ふたりの下にいたはかせは……。


(持てるものの義務を果たせってことか……やれやれ、本当にそっくりだ)


 はかせの脳裏には、ふたりの両親の顔が浮かんでいた。その輪郭が次第にぼやけていき、やがて消える。


(ま、たまにはいいかな……)


 そんなことより早くどいてくれないかなぁと、はかせは心中でため息をついたのだった。

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