第5話「あにめ」

 桜の花びらが舞うなかを、走っていくふたりの少女。

 空はどこまでも青く、そのなかを鳥が呑気に飛んでいる。


「はやくはやくー! おいてくよー!」

「ま、まってぇ〜!」


 追いかけっこをするように、じゃれあいながら走っていく。目指すさきにあるのは近未来的な建物。学校だと言われなければ誰も分からないであろうその場所に、ふたりはこれから入学する。

 これから、どんなことが待っているのだろう。楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも、沢山あるはずだ。

 そのすべてがキラキラしていて、宝物のような時間になるに違いない。


(これから始まるんだ……わたしたちの物語が!)


 ―─希望に満ちた学校生活が、幕を開けようとしていた。


    *   *   *


 花恋と月乃はテレビの前に座っていた。

 ディスプレイに映し出されているのはふたりの少女の学校生活を描いた青春アニメだ。

 このアニメは大人気の小説を原作としており、月乃はその小説が大好きだった。小説が発売してから少し経つとコミカライズ版が出版され、その漫画を花恋が買ってハマってしまった。ふだん小説など読まない花恋が月乃に原作を借りて読破したくらいだから、相当ハマったのだろう。姉妹揃って好きな作品というわけだ。

 そんな小説がアニメになるときいたときにはふたりとも大喜びだった。感情が顔に出にくい月乃がにこにこしていたくらいだ。本当に嬉しかったのだろう。

 そして、今日からそのアニメが放送されるということもあり、ふたりは早めに夕食を済ませて視聴することにした。はかせはまだ帰ってきていないが、彼の分は予め取り分けてあるので問題はない。家事が致命的にできないはかせでも、レンジで温めることくらいはできるし大丈夫だろう。

 画面のなかでは、少女たちが授業を受けたり、お弁当を食べたり、部活を見学したり、帰りに駄菓子屋に寄って友達と話したりしている。世間一般で言うところの学校生活が、花恋と月乃の目には新鮮に映った。

 ふたりは14歳。本来なら中学生のはずだが学校には行っていない。それを不満に思ったことはないが、興味があるのもまた事実だった。


(月乃ちゃんと学校かぁ……)


 花恋は頭の中でその情景を思い浮かべてみる。月乃と一緒に学校に行き、授業を受け、お昼ご飯を食べる。放課後は部活に打ち込み、それがない日はどこかで遊ぶ……思い浮かべてみるだけでも楽しい。本当にそうできたのなら、もっと楽しいだろう。

 もちろん、月乃だけではない。そこには友達がいて、先生がいる。辛いこともあるかもしれないけれど、それでも毎日が楽しいだろうなと思った。

 隣にいる月乃を見てみる。彼女も同じようなことを考えているに違いない。ふだんは無表情な顔が笑顔になっている。

 いまの生活が嫌というわけではない。いまも十分楽しいし、幸せだ。

 だけど、もし学校に行けたら……それはとても幸せなことなんだろうなと思った。


(今度、はかせにきいてみようかな?)


 そんなことを思いながら、花恋はテレビを見ていた。

 そのとき仕事から帰って来たはかせは、仲睦まじくテレビを見るふたりを見て笑みを浮かべたあと、悲しそうな顔をしたのだが……それをふたりが知ることはなかった。

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