第3話「すりんぐしょっと」

 今日ははかせの仕事が休みだったので、一日中家にいた。

 はかせがどんな仕事をしているのか、ふたりは知らない。だが、週一で休みが取れていることは確かで、いま流行りのテレワークもない。本人は仕事を楽しんでいるようだが、帰りが遅くなることもあるので心配だった。

 休みの日のはかせはふたりの勉強を見ていることが多い。元々十分な教育ができていない節があり、ふたりの勉強方法は週末までにはかせが指示したところまでテキストを進めておくというものだった。だが、ふたりは勉強熱心で呑み込みも早かったため、学力はそれなりにある。

 はかせは「内容なんてどうでもいいんだ。大切なのは勉強する姿勢さ」と言っていたが……ふたりにとっては勉強も遊びの一種みたいなものだった。

 答え合わせや解説ははかせがいるときにするので、はかせの休日の大半はそれに消費される。以前、花恋が「わたしたちの勉強に付き合わせちゃってごめん」と言ったところ、はかせは微笑みながら「僕が楽しいからそれでいいんだ」と言っていた。

 それでもふたりははかせの時間を奪うことを申し訳なく思っており、少しでもはかせの自由時間を確保したいがために必死に覚えようとするのだった。


   *   *   *


 その日の勉強は思ったより早く終わった。その週の勉強内容はふたりとも間違いが少なく、試しに口頭でテストをしてみると、ちゃんと理解していた。これ以上勉強に時間を割くのも悪いと判断して、はかせがいつもより早く終わらせたのだ。

 勉強を終えた3人は庭に出た。元々この家の敷地は広く、家の周りは森なので遊び場には事欠かない。といってもいつも外で遊んでいるとやることも限られてくる。

 最近、皐月日姉妹の中ではテニスがマイブームだった。といってもコートはなく、ただラケットでボールを打ち合っているだけである。

 自然とテニスをする流れになり、ふたりは準備を始めようとした。するとはかせが、


「テニスのまえに、ちょっといいかな?」


 とふたりを呼び止めた。


「どうしたの?」


 花恋がきくと、はかせは近くにあったY字形の枝を拾い上げて、


「いつも同じことばかりで飽きているだろう。いまから僕がいいものを作ってあげよう」


 と言った。

 花恋は首を傾げたが、月乃はなにかを思い付いたようで、「……もしかして」とはかせを見た。


「お、月乃はなにか分かるのかい?」

「パチンコ?」

「正解!」

「パチンコ……ってあのお金入れて玉弾くやつ?」

「……それはパチンコ違いだね。というかどこで覚えたのさ」

「漫画」

「………」


 はかせは黙り込む。それからハッとした表情で「もしかして花恋、パチンコ知らないの?」と花恋を見た。


「じ、冗談だよ! あれでしょ? あの……石とか飛ばすやつ。なんだっけ……ス、スリ……」

「……スリングショット」

「そうそれ!」

「あ、なんだ知っていたのか……」


 どうやらさきほどの発言はジョークらしかった。

 ため息を付くと、はかせはパチンコの制作に取り掛かった。ナイフで余分な部分を切り落とし、短くした枝の上両端に輪ゴムを結わえ付ける。さらにその中央に弾を保持する構造を取り付け、昔ながらのパチンコを完成させた。


「できたー。ほら花恋」

「やったぁ! ありがとー!」


 花恋はパチンコを受け取りご満悦だ。それとは対照的に、月乃はジト目ではかせを見る。


「月乃のぶんも作るからちょっと待っててね」

「……わかった」


 はかせは予め回収していた枝を使い、ふたつ目のパチンコを制作して月乃に渡す。


「危ないから、ひとは撃たないこと。いま空き缶を持ってくるからそれを撃ってね」

『はーい』


 はかせは適当な空き缶を持ってきて並べる。ふたりは少し離れた位置からそれを狙撃した。

 飛ぶには飛ぶのだが、なかなか空き缶には当たらない。かといって強く引っ張るとゴムが切れる可能性があるため、強い力で引っ張ることもできない。

 最初のうちは外してばかりだったが、しばらくすると花恋が撃った石が空き缶に当たり、軽いそれを吹っ飛ばした。


「やったぁ!」

「………」


 喜ぶ花恋と、負けじと撃つ月乃。

 そのうちに月乃の撃った石も当たるようになった。はかせはそれを眺めていて、面白いことに気付いた。

 花恋はわりとバカスカ撃っている。ことわざで言うところの「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」を体現しており、命中率は低い。対する月乃は精密な射撃を心掛けており、撃つ数は花恋より少なかったが命中率は高かった。

 双子とはいえ、差はあるのだろう。顔立ちはよく似ている二人だが、性格は真逆と言ってもいいほどだった。撃ち方ひとつを取ってもそれが顕著に現れるんだな……とはかせは思った。

 結局、パチンコ遊びは日が暮れるまで続いた。

 その後、ふたりの外遊びのレパートリーのひとつにこの遊びが加わったのは言うまでもない。

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