第2話「さつきびけのげんじょう」

 皐月日花恋と皐月日月乃は双子の姉妹である。花恋が姉で、月乃が妹ということになっているがふたりはあまり気にしていない。ちなみに、ふたりとも現在14歳である。

 ふたりは日本の××県にある町―─重石沢おもしざわ市のはずれで暮らしていた。家の周りは自然で囲まれており、近所の家といえばかなり遠くになる。はかせ曰く、ここはとなりの県との県境に位置するらしい。別荘地として有名で、夏になるとこの辺りに別荘を構えるひとが避暑に訪れるのだとか。たしかに重石沢は夏でも涼しい。そのぶん冬は雪がたくさん降るから寒くて大変なのだが。

 この家はふたりの実家ではなく、はかせがひとり暮らしをしていた家だった。ふたりの両親がはかせと旧知の仲で、ふたりをはかせに託した……という話をきいたことがある。

 ふたりは両親の顔を知らない。ふたりが生まれてすぐに外国に行ってしまったからだ。両親がいつ戻ってくるのかは分からない。もしかしたら戻ってこないかもしれないとはかせは言っていた。ふたりの両親は高名な研究者で、研究で忙しいのだと。最も、実の子をはかせに預けた理由についてはよく分からないようだった。ふたりが両親の事を尋ねたとき、はかせが申し訳なさそうな顔をしていたことを覚えている。

 はかせはふたりを家から出そうとはしなかった。家には広い庭があり、ふたりはよくそこで遊んでいたが、敷地の外に出ようとはしなかった。はかせがそう言ったからだ。理由はよく分からないが、それを不満に思ったことはなかった。はかせは遊ぶ道具やテレビゲーム、本を買ってきてくれるし、勉強も見てくれる。外に憧れがないわけではないが、家の敷地は十分な広さがあった。だから、外に出られないことは大した問題ではなかった。

 だからふたりは家事をしたり、勉強をしたり、ゲームをしたり、読書をしたり……毎日ゆっくりした時間を過ごしている。


    *   *   *


 花恋と月乃がトランプをして遊んでいると、はかせが帰ってきた。

 はかせは優しく穏やかな性格だが生活能力が致命的に欠如しており、皐月日姉妹がいないと生きていけないほどだった。料理を作ろうとして家を燃やしかけたこともある。そもそも仕事が忙しいため、必然的に家事はふたりがやることになっていた。大抵はふたりが料理を作るのだが、 たまにはかせが弁当を買ってくることもあった。

 今日もそんな日で、はかせが晩ご飯にと買ってきたのは牛丼だった。


「牛丼! やったぁ!」

「いやぁ、こんなものしかなくてごめんね」

「大丈夫! むしろ嬉しい!」

「月乃は大丈夫かい?」

「……大丈夫」


 そんなわけで、3人はテーブルで牛丼を食べ始めた。はかせが食べながらテレビを付けると、ディスプレイにバラエティ番組が映し出される。お笑い芸人とアイドルがなにかのゲームで競い合っているようだ。


「芸人チーム強いねー」

「……でも、ここでアイドルチームがパーフェクトを取れば逆転する」

「どうなるんだろうね」


 3人はそんな会話をしつつも、牛丼を食べる手を止めない。

 画面のなかではアイドルチームがサッカーのPK戦に挑戦しているところだった。芸人チームのキーパー役が鼻息を勢いよく噴き出しながらゴールを守っているが、アイドルチームのシュートは易々とゴールに入る。結局、アイドルチームがパーフェクトを取って逆転勝利していた。


「終わりかけだったみたいだね」

「そうだね……ってふたりとも食べるの早いね。僕、まだ半分しか食べてないんだけど」

「はかせが食べるのが遅いんだよー。あ、ごちそうさま、美味しかったよ」

「……ごちそうさま」

「はいはい。ゴミは袋に入れておいてね」

「はーい!」


 今日は花恋も月乃も風呂に早く入ったため、あとは歯を磨いて眠るだけだ。

 満腹になったので、少し経つと眠くなってきた。花恋は歯を磨いたあと、早々に部屋に引き上げてベッドに入った。月乃はまだリビングにいて、本を読んでいるようだ。

 代わり映えのない1日が、終わっていく。

 明日も明後日も、こんな日が続くのだろう。

 でも、毎日が楽しいからいいんだ……。

 現状に不満はないし、月乃やはかせといると楽しい。いまが幸せなら、それでいいんだ。

 花恋は布団にくるまりながら目を閉じる。

 すぐに眠気が襲ってきて、花恋を夢の世界へと運んでいった。

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