第135話

 走り出そうとする私の腕を冬菜が掴み、止める。落ち着け、冷静になれ。走っていくよりも、転移魔法で宿まで転移した方が断然早い。呪いのことがあったとは言え、力のある精霊に預けれおくべきだったのだ。そんな簡単なことに気づかなかったなんて……。

「転移するわ。あなた達もきなさいっ」

 冬菜が転移の魔法陣を地面に描くと、ライ達はこちらへ走り寄ってきた。魔法陣が光り、私は固く目を閉じた。


 目を開けると、見覚えのある宿屋の一室へ到着していた。けれど、そこにはエラも、ゼラも、フィーやランの姿さえも見えない。トイレにでも行っているのだろうか。……本当に、そうなの。部屋から出ないように、念を押していたのに、あの子達が自ら出るなんてありえるの。

「しまった、魔法が消えているわ。呪いよ。近くにいるかもしれないわ」

 冬菜は今まで見たことのない顔で、怒りや焦りをあらわにしている。私もよくわからないこの感情を表面に思いっきり出して、訳の分からないそれに埋もれてしまっていた。

 冬菜を背にして辺りを警戒する。冬菜も同じように私に背を向け、私たちは互いの背を預けた。壁を背にするよりも、冬菜に背中を任せたほうが断然いい。壁に背中をつけたとしても、壁ごと刺されてしまったら終わりなのだから。

「あらあ、来るの、早かったわね」

 聞いたことがあるのに、聞いたことのないその声色は、部屋の入り口の方から聞こえてくる。扉が音を立てずに静かに開いた。その先にいたのは、予想通りマリア様で。

 マリア様の腕の中には……恐怖に顔を強張らせる、エラがいた。


 マリア様の頭上には黒い風船のようなものが浮かんでいる。少し透けてみえるその中には、赤と水色、そして緑がかろうじて見える。どうやら、私たちの予感は当たってしまったようだ。

「こおんな羽虫で、この子を守れるとでも思ったわけ。馬鹿なのねえ」

 煽るような言い方をするマリア様の挑発に、乗ってはいけない。そうは分かっていても、こんな時は怒りに頭が回らないものなのだろう。冬菜はエラを助けようと、今にも掴みかかるほどの勢いでマリア様を睨んでいる。

 マリア様はその様子を見て嘲笑うように私たちを見ている。

「色々調べていたみたいじゃない。……答え合わせ、しましょうか」

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