第128話

 焦って、焦って、焦って。恐怖に変わるほどの焦りの中心には、私に縋りつき助けを求める冬菜がいる。

 冬菜は私の手にしがみつき、言葉になりきれていない何かを発している。それがやっと言葉になり始めたとき、冬菜は一呼吸おいて、私に告げた。

「あの魔法陣、精霊だけに反応する、精霊を捕獲するための魔法陣よ」

 その瞬間、私の中に現れたのは驚きでも絶望でもなく、空白だった。闇といってもいいくらい、何かがたくさん混ざり合ってできたそれは、私を混沌に陥れた。

「精霊を、ほ、かく……」

 冬菜が平成を無くすほど取り乱している理由がわかった。同族を、大切な仲間を捕まえるための罠。何に使われるかわかったものではないが、ろくなことにならないのは確かだろう。

 精霊は世界最強とも言われる存在。そんな彼らが、何者かに捕まり、利用されてしまったとしたら……。国ひとつくらい、簡単に滅んでしまうだろう。もしそれが、魔国中にかけられたあの呪いのことなら……。あり得なくはない。筋の通る話だ。

「大量に呪いをかけられたのは、すでに精霊が捕まっているからなのだとしたら……」

 私が漏らしたその言葉に、冬菜の顔はみるみる青くなっていく。とんでもないことになったかも知れない。どうにかしないと。でも、どうにかって。

 とにかく冬菜を立たせようと手を差し伸べると、後ろから誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。私達の姿が見えないのは判っていたのだが、咄嗟に冬菜の腕を引っ張って、柱の後ろに隠れる。

 息を殺して足音のする方を必死に見つめる。見えない、ここにいることは知られない。けれどこの魔法は絶対ではない。

 冬菜はまだ恐怖がおさまらないようで、私の肩に捕まりながら、向こうの様子を伺っている。

 足音が近づいてくる。走っているのだろう。歩いているとは思えない速さで音が鳴っている。それが余計に私たちを緊張させた。

 何かを靡かせながら走ってきたのは……。見覚えのある黒髪に、煌びやかなドレス。豪華なネックレスに、美しいブレスレット。そして左手の薬指には、婚約指輪と思われる大きなダイアモンドの指輪。見覚えのあるその姿に、私は息を呑んだ。そこにいたのは、疑わしきマリア様だった。

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