第63話
私は咄嗟のことで、追いかけられなかった。危険だと、本能が察知したのかもしれない。犯人を捕まえるために追いかけて、せめて、マリア様だったのか確かめるくらいはするべきだったのだ。まあ、終わったことだからそう言えるだけなのだけれど。
私の足が動かないまま、その女の姿は見えなくなった。とにかく、今はエラのことが第一だと切り替え、私は扉を閉める。後ろを振り返ると、エラを庇うように抱きしめている冬菜が、不安そうに私を見ていた。
「知り合いなの。びっくりしちゃったじゃない」
知り合い。確かにそうなのだが、今回は訳が違う。ただここに招かれてきていただけなのなら、逃げたりしないだろう。とにかく、誰かに確認しないと。
魔力を探知するも、もう私たちの近くに先程の女性らしき反応はない。けれど、その代わりに猛スピードで近づいてくる魔力があった。女性を見たのとは反対方向だから、警戒する必要はないかもしれないが。
私が念のため指先に魔力を込めて出迎えようとすると、冬菜が私の手を掴んだ。
「待って、この魔力は多分……」
コンコンコン。ノックの音が聞こえる。
「大きな声が聞こえたが、どうかしたのか」
王子様の声だ。さっきの私の声が聞こえていたのだろう。けれど、そこまで響くような大きな声を出していない気もするが。……きっと、気にかけてくれていたのだろう。やっぱり、この人魚さんはいい人魚なのかもしれない。
「ドアの前に怪しい魔力反応があったので、ドアを開けたのですが、逃げてしまって。女性の人間でした」
心配してきてくれたのだし、今後警戒もしやすくなるだろうと思った私は、あったことを簡潔にまとめて報告した。
「なん、だと」
きつい目つきで王子様が私のことを睨みつける。何か粗相をしてしまっただろうか。
「なぜ開けたっ。なぜ自分たちの身の安全を第一に考えなかったのだっ」
今にも私につかみかかりそうな勢いで、彼は怒鳴った。その声はエラが冬菜にしがみつくほど大きく、怒りが込められていた。
私は一瞬、何を言われているのかわからなかった。身の安全。考えていたはずなのに。精霊がいるからと、私が聖女だからと、私はいつの間にか安心してしまっていたのだろうか。
「雪菜は悪くありません」
冬菜は必死に言い返していたが、王子様は構うことなく私を睨んでいた。心配されているからなのだとわかっても、私の心は重く沈んでいく。私は確かに、してはいけないことをしたのだ。
エラがいたのに、扉を開けてしまった。扉を開かないようにして、エラを守るべきだったのに。
自分の力を慢心していた。聖女で魔力量が多いと言っても、精霊達に比べたら使える魔法はそれほど多くはないのに。
どんなアクシデントがあるかは、誰にもわからないのに。
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