第62話

 バンっと大きな音を立てて、勢いよくドアが開く。そこにいたのは、この国の王子様の人魚さんだった。相変わらず釣り上がった目で私たちを見下ろす彼は、少し焦っているように見えた。

「……無事か」

 上から目線の態度は気に入らないが、一応心配してくれているのだろう。エラは怯えながらも、首を縦に振る。冬菜は特に不快だとは思っていないようで、エラを抱きかかえたまま彼を見上げていた。

「そうか。ならいい。犯人の女のことに関しては、俺たちに任せてゆっくり休め」

 ……少し、驚いた。こんな気の利いたことを言える人だとは思わなかったのだ。かなり失礼なことを言っている自覚はあるが、会ったばかりなのだし、相手のことを知らなくても仕方がない。

 彼はそのまま泳ぎ去った。私たちはただ呆然と彼の後ろ姿を見ていた。名前も名乗らない彼は、エラの無事を確認するためだけにやってきたのだろうか。

 スィーが王子様に相談するのは予想できていたのだが、そんなに早く動いてくれるとは思わなかった。特に、あの王子様……。私たちから急に念話で相談されるよりも、スィーを通した方が王子様も動きやすかっただろう。だから後悔はしていないのだが、こんなにすぐに動いてくれる人とわかっていたら、彼に直接相談してもよかったかもしれない。ああ、でも、そうしたらスィーが拗ねたかな。

 エラにもう少し特徴を聞き出せないかやってみようか。そう思い、エラの方を振り返ると、エラは頬に涙を伝わせながら、眠ってしまっていた。仕方がない。疲れたのだろう。

 冬菜は優しくエラの頭を撫でている。こう言う時、冬菜はやっぱり母親なのだなと思ってしまう。もう、何度思ったかはわからないけれど。

 犯人がまたこの部屋に来てエラを襲うかもしれない以上、私も冬菜もゼラ達も、エラのそばから、この部屋から離れない方がいいだろう。だとすれば、今私たちができることは、探索魔法でも使って警戒しておくことだろ、う、か……。

「誰っ」

 扉の先に誰かいる。魔力を感じる。私がエラ達を庇うように扉の前に立ちはだかると、走り去る足音が聞こえてきた。私は咄嗟に追いかけなければと思い、扉を勢いよく開けた。その時、曲がり角で長い髪をはためかせた女が見えたのだ。その髪、その顔。どちらも、見覚えがある。あなたは……。

「マリ、ア、様……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る