第52話

 冬菜が手を上げる。何かが変わった感じはしないが、おそらく魔法を解いたのだろう。エラが何かに怯えるように私の後ろに隠れている。

「久しぶり、トウナ。他のみんなも、いらっしゃい。よくきたね」

 歓迎するよ、とでも言うように彼は私たちに手を振る。嬉しそうなその素振りも、やはり苦しそうだ。まるで、昔のエラを見ているようで、辛くなってしまう。魔力不足を起こしているなら、呪いをかけられていたエラと対して変わらない状況なのに、よく笑っていられる者だ。

「久しぶりね。何があったのかは知らないけれど、ひどい有様じゃない」

 冬菜は腕を組んで笑う。馬鹿にしているように感じるその笑みも、強がりからなのだろう。

「無礼だぞ」

 男性の人魚が私たちに向かって叫ぶ。冬菜の正体を知らないのだから仕方ないが、無礼なのはどちらなのだか。

「友人だと言っただろう。無礼なのはお前だ」

 怒る気力もないのか、彼の声は弱々しい。かなりまずい状況であることが読み取れる。

「そちらは……」

 私の方を見て、彼は言った。自己紹介を求められているのだろう。エラやゼラ達の分もまとめてした方がいいのだろうか。余計に体力を使って欲しくないし、きっとその方がいいだろう。

「はじめまして。冬菜の友人の、雪菜と申します。こちらは、冬菜の娘さんのエラ。そして、私の友人の、ゼラ、フィー、ランです」

 咄嗟に冬菜の娘さん、と言ってしまったのだが、礼儀としてはなんと言うのが正しいのだろうか。だれかのお嬢さんの説明なんて、この歳でしたことがないものだから、よくわからない。

「そう、か。よろしくね」

 ふわりと笑うその少年は、流れる川のように美しい。

「申し訳ないんだけど、魔力を分けてくれるかな。そうしたら、説明する体力も、出ると思うんだ」

 途切れ途切れに、苦しそうに少年は私たちを見た。おそらく私と冬菜に言っているのだろう。

 魔力の譲渡は学園の授業でもやったことがある。冬菜が彼に近づくのに続いて、私も彼のもとへ歩いていくと、彼は両手を私たちに差し出した。その手に、自分の片手を添える。

 ゆっくりと、ゆっくりと。焦っては受け入れる側もしんどいから。私はじわじわと、エラの呪いを覗いたときのように優しく魔力を差し伸べた。吸い取られていくような感覚に、少し驚きを覚える。かなりのスピードで取られていく。相手によっぽど余裕がないのがわかる。私は最低限の魔力を残すと、全て彼に注ぎ込んだ。

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