第8話

 さて、そろそろ森の中に入ってみようか。私は動きたくないと言う足を無理やり動かした。正直言って、怖い。精霊とあったことはあるものの、直接話をするどころか、目を合わせたことすらない。多くの精霊がいるであろうこの森に入って、無事でいられるだろうか。

 私達、この世界に住まう生物にとって、精霊は信仰の対象であると同時に、恐怖の源でもある。

 一説では、精霊は気まぐれなのだと言う。気に入った人間はとことん愛するが、気に入らなければこの世界から消し去ってしまうほど、精霊は極端だと言われているのだ。

 私はどちら側の人間なのだろうか。私はきっと聖女だ。おそらくは嫌われてはいないと思いたい、いや、思う。会ってみなければ、それはわからないのだろうけれど。

 ドクドク、ドクドク。心臓は大きな音を立てて私に危険を知らせている。これ以上進んではいけないと。けれど、ここで立ち止まってもどうにもならないのだ。ただここで、食べるものもなく道に迷い、死にゆくだけ。それなら、いっそ。

「行って、みましょうか」

 私はゆっくりと森の中に飲み込まれていった。


 森に入る前から気が付いてはいたが、この森は綺麗だ。本当に自然一色で、文明の色なんてほんの少しも混ざっていない。

「綺麗……」

その言葉が恐怖に打ち勝って漏れ出るくらいに、その森は暖かく、美しかった。気がつけば私の緊張は解かれていた。今はただ、この森の優しい光に包まれていく。

 まるで母のようなその森に安心して、私は森の奥へと進んでいった。

 突然、私の視界の中を何かが横切った。燃え盛る炎のように赤い何かが、そこにいる。咄嗟に、精霊だと分かった。

 あんなに恐れられている精霊。あんなに恐ろしかった精霊。けれど、不思議と怖くはなくて。私は何かに誘われるようにその赤い何かに目を向けた。

 そこにいたのは、小さな可愛らしい女の子だった。私の手のひらのサイズくらいの大きさをしたその女の子は、ショートカットの短い髪をさらさらと風に委ねている。そして、その女の子は透明の美しい羽を持ち、宙に浮かんでいた。

「私のこと、見えるの」

 私のことが気になって仕方がない。そうとでも言いたげに、彼女は好奇心をむき出しにして、私の顔の近くまで飛んでくると、笑った。

「初めまして、聖女さん」

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