第6話

 私が馬車から降りると、御者は私に何も告げずにきた道を戻って行った。ここまでの道のりは複雑で、選ばれた御者にしか教えられない。つまり、もう国に帰ることはできないということだ。

 私が生贄になった目的は、両親や国から逃れるためだけではない。会いたい精霊がいるのだ。どうしても気になってしまって、今どうしているのかだけでも知りたい。そんな精霊が。

 本来、精霊の姿は普通の生き物には見えないし、声も聞こえなければ触ることもできない。そんな私がどうして精霊の姿を知っているのか。それは、12年前、私が5歳だった頃に遡る。


 あの頃の記憶はほとんどない。けれど、なんとか覚えているあの日の記憶。たしか、5歳の誕生日を迎えて間もない頃だった。

 私は庭にでて花をめでていた。勝手に摘んで庭師さんに怒られたことがあったので、植物を乱暴に扱うことはなかった。見て、触って、匂いを嗅いで。そうやって花に、植物に寄り添っていた。今でこそ時間がなくなり、庭に出る暇は無くなってしまっていたが、昔はよくそうやって遊んでいたものだ。

 なんの種類かはわからないけれど、色とりどりの花の中に一本だけ白い花があって。私はそれが妙に気になって近づいていった。かなり花壇の手前にあった花だったので、顔を近づけてみることができた。

 その綺麗な花を眺めているうちに、気が付いた。美しい、小人のような人形が、花に寄り添うようにして眠っている。白い髪と白い肌が綺麗な中性的な美しいお人形。けれど、それは人形にしては顔色が悪いし、呼吸もしている。それに、その呼吸はとても荒い。とっさに、これは御伽噺に出てくる精霊なのだとわかった。精霊は選ばれし聖女にしか見えず、契約をすることができない存在だ。けれど、その時の私は自分が聖女かもしれないなんてことに気がつきすらせず、ただ戸惑っていた。どうすればいいのだろうか。私は聖女様のように癒しの力など持っていない。この子を癒してはあげられない。

 私はただ寄り添ってそっと声をかけることしかできなかった。大丈夫だよ、元気になってね。子供ながらに頑張って、お昼頃から何時間も声をかけ続けていた。使用人に声をかけられても、おやつの時間が過ぎても、私はずっとそばにいた。

 けれどその時の私はやっぱり子供で。眠ってしまったのだ。声をかけているうちに眠くなってしまって、花壇に突っ伏して眠ってしまったらしい。

 気がつけば私は自分の部屋のベッドに寝かされていた。急いで花壇に戻ったけれどそこにはあの白い花すらなくて、不安に怯えたのを覚えている。

 けれど、すぐにそれどころでなくなった。自分の右手に花の模様が浮かび上がっていたことに気がついた時、私はやっと理解したのだ。私がお伽話に出てくる聖女なのだと。

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