第5話

 お父様とお母様は驚いたように私のことを見たが、それも一瞬のことだった。すぐにどこか嬉しそうな表情に変わる。

「いいのか、一度決めたら二度と戻っては来られないのだぞ」

 はい、以外の返事は許さないくせに、どうしてそんなことを聞くのか。それに、私とてそのくらいわかっている。

「はい、お願いします」

 お父様がごくりと唾を飲むのがわかった。


 精霊の森とは精霊が生まれ、暮らし、生涯を終えるとされている森だ。そこに入ることが認められているのは各国から10年に一度送り出される生贄の娘達のみだ。ちょうどもうすぐだったから、時期で考えると私は運が良かったのかもしれない。

 この世界では、天災は精霊達や神によって起こされるものだと考えられている。雪菜としては古めかしい考え方だと思うのだが、あながち間違っている話でもないのだ。実際強い力を持っている精霊達には、そうやって地震や津波などを起こすことが可能なのだから。

 馬車にごとごとと揺られながら、私は精霊の森へ向かっていた。その馬車に窓はなく、あるのは馬車の天井から吊り下げられた豪華な灯りだけだ。おそらく魔法で作られたものだろう。

 この世界の魔法というものはなんとも便利なのだろうか。その分、科学が進むことはないのだろうけれど、魔法は生活の一部として、多くの場面で利用されている。

 いきなりファンタジーな世界に生まれ変わったものだが、私はこの世界に生まれ直したことに後悔はない。むしろ良かったと思っているくらいだ。

 生贄になった娘の家族には、一生遊んで暮らせるほどの支援金が贈られる。きっとお父様とお母様はそれに食いつくだろうと思っていた。それでも、どこかで引き止めてくれるのではないかという希望がなかったかといえば、嘘になる。そりゃあ、ちょっとはあったわよ。どれだけ私に関心を持ってくれない家族でも、子供の私にとっては大切な両親だったから。好きではない。けれど、嫌いでもなかった気がする。

 生贄になれば、きっと誰にも干渉されない。寂しくなることはあるかもしれないけれど、両親からのプレッシャーに恐怖することもなくなる。悪役令嬢クロエのように家から追い出され国外追放になる心配もなくなる。

 これでいい、これでいいはずなんだ。私はそっと目を閉じ、小さく微笑んだ。

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