第34話 4

 ……翌日の放課後、妄想ディレクションはスタジオへ集結していた。会議の前に、決まった勝負の話をすると、「もう知ってた」的な空気が流れる。



 「掲示板、見たもの。それに、やるも何も映研の人には既に話が通ってるんだよね?」



 「その通りだ。伝える順序は前後してしまったが、どうせ文化祭で上映するつもりだったんだ。お祭り感覚で楽しんでくれればいい」



 言われ、そろそろ突発的なイベントに慣れたクロエは「そうだね」と呟く。肝が据わってくるのは、妄想ディレクションのメンバーの特徴らしい。

 ミアは、流し聞きで適当な返事をした挙句、新しいお菓子を食べ比べて「おいひい」と笑い、勘九郎と共にここに来たエリーは、どういう訳か黙って窓の外を見ているばかりだった。



 「逞しい人たちですね」



 サラが、ボソッとミゲルに呟く。



 「みんな、修羅場慣れしてるからね。それに、なんだかんだ言って楽しいって知ってるんだと思うよ」



 「なるほど。確かに、好きな事じゃなければあんなにいい作品は出来ませんもんね」



 手短に計画を伝え終わって、彼らはそれぞれの恋愛に関する知識を話す会議を始めた。ところが。



 「いざ話せって言われると、結構難しいわね。あたし、何かあったかしら。クロエは?」



 「私は、女の子と付き合ったり出来ないし。それに、ずっと吹奏楽で忙しかったもの。ウォズはどう?」



 「二次元にしか興味ないです、はい。ミゲルは?」



 「俺は前に付き合ってた子が三人。真剣だったけど、何故か『好きだけど別れる』っていつもフラれてた。あれ、なんでなんだろうね」



 「……多分、ミゲルさんがモテるの知ってるからだと思うんですけど」



 サラは、ミゲルが本当に自分の事を好きなのか試したんじゃないかと言う事を説明した。



 「それ、確実に無意味よね。好きなら堂々と隣を歩けばいいじゃない。おまけに、兄貴はどうせ引き留めたりしないわ」



 その言葉に、一同は頷く。



 「きっと、彼女さんたちは不安になってしまうんだと思います。自分が彼氏に釣り合っているのかとか、かっこいい人が相手だと特にそんな事を考えてしまう気がします」



 「なら、引き留めてあげればよかったね。もし次があれば、参考にするよ」



 へぇ、と皆が感心している。注目を浴びて照れたのか、サラは誤魔化すように笑った。その光景を見て、勘九郎は自分の直感を信じてよかったと強く思うと、ノートにメモを取った。



 「ちなみに、サラの恋ってどうなったんだ?」



 文字を書きながら問う。



 「それは、一応恋人同士になりました。すぐに別れてしまいましたけど」



 「何故?」



 結構デリケートな話題の筈だが、誰もサラに共感出来ないが故に興味津々で、勘九郎を止める者がいない。



 「あの、付き合った途端キ、キスをしたいと言われまして。少し恐くなってしまいました。それからは自然に消滅したといいますか、そんな感じです」



 「なるほど、キスは恐いか。これはいい意見だ」



 アイデアが思いついたのか、今度は台本のノートを取り出して文章を書いていく。きっと、いいアイデアが生まれたのだろう。



 それを皮切りに、代わる代わる質問攻めにされるサラ。段々と羞恥心を無くしている事に気が付いて、自分もここの色に染まるのはそう遠くない未来なんじゃないかと考えた。



 やがて、会議はひと段落。出尽くした、と言うかサラが答えた話を整理し、その通りに台本を書いていく。



 「こ、こうしてカントクはシナリオを書いているんですね」



 言いながら、サラもメモ帳に文字を書く。きっと、何かの記事を書くつもりなのだろう。因みに、呼び名を変えたのは、他人行儀は止めようというウォズの意見からだ。



 恐らく、映研と同じであろう物語のラストシーン。いじらしくも少しずつ進展していく恋愛模様の結末が、今まさに書き記されようとしている。



 「……あの、一つだけいいかな」



 沈黙の中、ずっと黙りを決め込んでいたエリーが口を開いた。



 「これ、キスシーンがあるの?」



 注釈に見つけた不穏な文字。確認せずにはいられなかった。



 「ある。変人だが、どこか常識を捨てきれないヒロインが、自分の殻を壊す重要なシーンだ。この葛藤は、サラの話がなければ書けなかった」



 その言葉を聞いて、勘九郎以外のメンバーはみんなエリーを見た。張本人である彼女は、寂しく辛そうな顔をしていた。



 「ミゲルと、キスするってこと?」



 「その通りだ。ここで、それまでの陰鬱な雰囲気を全て払拭する」



 言われ、息が止まったような感覚に陥る。



 「……カントクは、それでいいの?」



 言葉が、抑えられない。



 「それでいいとはなんだ。お前だって、別にキスくらいは慣れたものだろう」



 「慣れてないよ!」



 言われ、勘九郎はエリーの顔を見た。その目は、涙で潤んでいる。何かを言おうとしているが、それは言葉にならない。どうして怒るのかが分からない勘九郎も、また黙って彼女を見ていた。



 前提が間違っていると、なぜ誰も言えないのだろうか。その答えは、そうしてしまえばエリーの気持ちを代弁することになってしまうからだ。

 天秤のように不安定な両者の思惑が、僅かに傾き始めている。



 「……カントク、俺も反対だよ。高校生が作る映画にしては、キスは少しやりすぎだ」



 言われ、ならばどうするかと考える。



 「別の方法を考えるか?だが、映研は必ずキスシーンを持ってくるぞ。それに対抗する為の策を考えなければならん」



 「……映研が、するから?」



 瞬間、ポタリと一粒床に落ちる。あまりにも無機質な言葉が、エリーの心を傷つけた。

 一度溢れた感情は、もう止まらない。声も無く泣く姿は、あまりにも切なくて。



 「あんた!今すぐエリーに謝りなさいよ!自分が何を言ったか分かってるの!?」



 「山場のない映画がどこにあるんだ!?ロマンス以前の問題だ!」



 ミアの言葉に冷静さを失い、声を荒げる勘九郎。



 「ふざけるな!あんた、エリーを何だと思ってるの!?」



 「妄想ディレクションの女優だ!それ以外に何がある!?」



 「この映画バカ!エリーは、役者である以前に一人の……!」



 胸倉を掴むミアに、激情を以て返事をする勘九郎。更に言葉を返そうと声を張り上げるミアだったが。



 「……ミア、お願い。もう、それ以上言わないで」



 俯き、首を横に振るエリー。その様子を見て、落ち着きを取り戻すミア。他の何者でもないという言葉は、いよいよエリーの心を圧し潰した。



 「私、わたし……。ごめん」



 呟き、スタジオを出ていく。その姿を見たクロエとサラは、すぐに後を追った。



 「……そんな簡単に、割り切れるもんじゃないわ。もう少し頭使いなさいよ、バカ」



 睨みつけ、彼女もエリーを追う。ミアの言葉がリフレインする勘九郎は、その場から動くことが出来なかった。

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