第30話 10
「カントク、だってここ精神病棟……」
「えっ!?な、な、なななにそれ!?聞いてないよ!」
絶叫するエリーと、その言葉を聞いて後ろに倒れるミア。ミゲルが前を歩いていたおかげで、地面に倒れずに済んだようだ。
「俺の親父、多分会社で虐められてたんだろうな。追い詰められて、精神がおかしくなったんだ。お袋はそんな親父の面倒見きれなくてさ、だから茉莉のところの旅館に居候して、毎日親父の見舞いに来てたんだ。俺がこの町にいたのは、そう言う理由だ」
聞こえていた蝉の声が、ピタリと止んだ。
「……少し、話をしてもいいか?」
返事をしたのは、クロエだった。
「見舞い行くとさ、いつもヨダレ垂らしてこのベッドに固定されてた。飯も食ってなくて、栄養は管から体に流して取ってたんだ。でも、テレビで映画が流れると、急に正気に戻るんだ。俺と二人きりの時だけだったけどな。それで、その映画がどんなもんなのかを語った。当然、放送が終わればまた目を向いて横になったよ」
いつの間にか、みんなは勘九郎の話に耳を傾けていた。エリーとミアも、恐怖は忘れたらしい。
「こっちに居候し始めて半年くらいか。ある日、親父が死んだ。理由は重度の栄養失調、機械が正常に動いてなかったんだと。でも、俺は知ってる。親父は、正気に戻ってる間に自分で機械を壊したんだ。殺してくれって、寝てる時うわ言で呟いてたからな」
目を開いて、前を向く。部屋の中には、立ち尽くす5人がいた。
「最後の日、親父は泣きながら俺に謝ったよ。きっとあの時だろうな、俺がどこか人と違ってしまったのは。……そんなある日、あの旅館に親父の遺品が大量に届いた。箱の中身は、全て映画だったよ。どれも面白くてな、だから俺は映画にハマったんだ」
「たくさんの……」
そう呟いたのは、茉莉から話を聞いていたウォズだ。
「今思えば、親父も映画撮ってたんだろうな。真っ白で、ラベルにタイトルのない映画が何本かあったんだ。多分、あれが親父の作品だ。テープが焼けてしまって、中を見る事はできなかったが。……懐かしいな」
言って、パイプの骨組みを撫でる。そして立ち上がると、優し気な笑みを浮かべてメンバーを見据えた。
「俺は、本当に幸せだ。お前らが居なければ、もしかすると親父と同じ道を辿っていたかもしれないからな」
死を
「俺はどこにも行かん。ずっと、傍にいる」
それだけを伝えると、彼らの間をすり抜けて部屋の外へ向かう。
「帰ろう。旅館で、お前たちの昔話でも聞かせてくれ」
何気ない一言であったが、それは確かに彼らの心を掴んだ。勘九郎は、映画以外のモノに目を向け始めている。異常なまでに違和感があったが、それでも互いに目を合わせて笑うと、後を追って部屋を後にしたのだった。
× × ×
翌日、彼らは海に来ていた。と言っても、ここに勘九郎はいない。彼は、朝早くに墓参りに行くと言って出て行ったのだ。
今までに撮影した映画のディスクとノートパソコンを持っていたから、恐らく父親の墓前で見返すつもりなのだろう。
「残念だったね」
「……まぁ、仕方ないよ」
ガッカリして、ため息を吐く。しかし、こればかりは勘九郎を責める事が出来ず、エリーはぼーっと青い空を眺めていた。そんな時、気だるげにあくびをする茉莉が現れた。
「やあやあ、カンちゃん来てる?」
「いえ、まだ帰ってません。お墓参りに行くとか」
「ふぅん、そっか。あ、クーポン持って来たから一緒にご飯食べさせてよ」
「それはもちろん。むしろ、昨日のと合わせればお釣りが出ます。俺が奢りますよ」
「いいね、色男。君の事好きかも」
言って、あくびを漏らすとサクサクと砂を踏んで歩いていく。その後を着いて行く彼らは、どこか勘九郎と同じ頼もしさを感じて大人しく従った。
テーブルの上に屋台料理を並べると、茉莉はビールを煽って息を吐く。ぷはーっと豪快に口を拭うと、先ほどまでの気だるい雰囲気はどこかへ飛んで行ってしまったようだった。世間話に華を咲かせつつ、楽しい食事の時間を過ごす。その内、茉莉が酔っぱらったのを思うと、エリーは呟くように問いを投げた。
「……質問なんですけど、どうして茉莉さんとカントクってそんなに仲がいいんですか?普通のいとこには見えないんですけど」
すると、ニヤニヤと笑いながらエリーを見る茉莉。
「そりゃね君、カンちゃんは私の王子様だからだよ」
「お、王子様?」
前髪を掻き上げて、再びビールを注文する。一口飲むまで勿体ぶるのが、彼らは煩わしかった。
「嘘だよ、半分はね。本来なら、私があの子の保護者役ってところなんだけどさ、そうも言えない事情があるのさ。……昨日、病院に行ったのかな?」
「どうして分かるんですか?」
「あっちの方、歩いてくのが見えたからね。ひょっとして、何か聞いた?」
沈黙は、その言葉を肯定した。すると、茉莉はニコリと笑ってから口を開いた。
「……昔ね、守ってくれたんだ。もう分かってると思うけど、私もカンちゃんも結構フツーじゃないワケよ。どっか壊れてるって言うかさ、一般人なら誰でも持ってるような感覚が決定的に足りてないって言うかさ。だから、やっぱイジメられるワケよ」
「それは、まぁ……」
「でもね、ある日突然、本当にいきなり私は虐められなくなったの。と言うか、誰も私に興味が無くなったって感じだった。その時は、ラッキー程度にしか思ってなかったんだけどね。当然、理由はあったのさ」
あくまで口調や態度は明るい。だから、これが寂しさを煽る為の話ではないと分かった。
「その時のカンちゃんはね、自分のお父さんの真似をして注目を浴びたんだ。凄くない?だって、普通この前死んじゃった自分のお父さんの真似なんてすると思う?お父さんもお母さんもいなくなって、心細くて仕方ないはずだったのに、涎飛ばしてひっくり返って、毎日全校でそれを繰り返してたの。自分がもっと孤独になっちゃうのにさ」
彼女の目には、うっすらと涙が滲んでいた。
「……はぁ。世の中には、目的の為なら手段は択ばないって簡単に言う人が居るけどさ、それ本当に実行できる奴がどんだけいるんだって話。だから、カンちゃんは私の王子様なの。お分かり?」
人差し指を裏向けにして向ける茉莉。そして。
「……カンちゃんの事、幸せにしてあげて。
茉莉の苦い笑いの後、最初に口を開いたのはミゲルだった。
「任せてください。俺たち、みんなカントクのことが好きですから」
言われ、少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「ありがと。いつか友達を連れてきたら、私が教えてあげようって思ってたんだ。あの子、絶対に自分では言わないからね」
それから、彼らは勘九郎が学校でどんな生活を送っているのかを話していた。
結局、その日勘九郎が戻って来ることは無かった。きっと、初めての出来事が多すぎて、全てを話すのに時間が掛かってしまったのだろう。
ただ、ほんの少しくらいは高校生らしい遊びを一緒に楽しみたかったと、エリーは拗ねていた。だから、あるく途中に無言で肩をぶつけると、小さな声で「ばか」と呟いた。
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