第25話 5

 「カントク、それって俺たちには話せない事なの?」



 「……何の話だ。別に隠し事なんてしてない」



 「演技、下手過ぎよ。自分で言ってたの、忘れたの?」



 それを聞いて、勘九郎は黙った。しかし、熱気が立ち込める昼の外。じんわりと汗ばむみんなの額を見て、勘九郎は観念するように部屋の中へ誘った。

 服を着て、ちゃぶ台の前に座る。クーラーと冷蔵庫の他には、ノートパソコンと本棚しか置いていない。部屋を見回して、全員が床に座る。その間、勘九郎は何を話すべきなのかを考えていた。



 「そうだな。まあ、俺は嘘を吐いたよ。悪い」



 「分かってるわよ。それで、なんの嘘を吐いたの?」



 「それは……」



 言って、ゴソゴソと本棚のノートを探す。取り出したのは、中がまだ半分程度しか埋まっていない台本だった。



 「この通りだ。完成したと言ったが、実はカッコつけたんだ。すまない、中々思うようにアイデアが浮かばなくてな。さっきも、早く帰ってほしくて適当な事を言ったんだ」



 やはり、打ち明ける事はしなかった。知らないという事は、時に他人をも傷つける。友情を知らずに生きて来た彼にとって、仲間を心から心配にさせる事が、相談する事でなく黙っている事だと理解出来ないのだ。



 「それ、本当なの?」



 「あぁ、だからもう少し一人にして欲しい。頼む」



 ウォズとミゲルには、正体不明のその気持ちが痛いほど分かった。意地を張ってでも格好つけなければならない時が、男にはある。当然、何を隠しているのかだって、ある程度は察しが付く。

 だが、彼らは何も言わなかった。それどころか、次々に質問をする女子たちを見て。



 「まあ、カントクがこう言ってるんだ。今日は帰ろう」



 「そ、そうだね。無事だったんだし、よかったよ」



 「……助かる。それじゃあ、また明日な」



 間髪を入れずに返事をすると、三人を誘って二人が立ち上がる。玄関を出ていくその瞬間までエリーは言葉を待っていたが、遂に何も明かされる事はなかった。



 「カントク、ちゃんとご飯食べてる?」



 「いいや、そう言えば何も」



 「……そっか、じゃあ明日なんか作ってあげる。元気になってくれれば、今はそれでいいから」



 ニコリと笑うエリーを見て、勘九郎は傷よりも痛い何かを感じていた。



 × × ×



 終業式が終わり、ホームルームを終えて放課後。勘九郎とウォズ以外のメンバーは、ファンの生徒たちに囲まれていた。何としてでも遊ぶ約束を、と男女問わず殺到したからだ。

 一方、勘九郎とウォズはそんな彼らを通り過ぎて第三旧校舎へ。その間、ウォズは自分の好きなアニメの話をしていたのだった。



 「最近、リゼロを見返したんだ。ホワイトフォックスは制作本数少ないけど、覇権アニメばっか作るから凄いよ」



 「ほう、そんなに凄いのか。俺はシュタインズ・ゲートしか知らんな」



 「どうせバタフライエフェクトから派生したんでしょ?はたらく魔王さまとか、慎重勇者もあの会社が作ってるんだよ」



 ウォズがこうして自分の好きなモノを語るのは珍しいと、勘九郎は思った。知識もさることながら、新しいカルチャーの話を聞いていると、なんだか心が躍ってくるようだ。



 「名前は聞いたことある」



 「映画以外の映像作品も知っておいた方が、絶対に為になるって。手塚治虫先生も言ってただろう?一流の本や芝居を知ってから、自分の世界を作れってさ。あれって、どんな事にも当てはまると思うよ」



 「それ、いい言葉だな。その内、ウォズのおすすめのアニメを見てみよう」



 「そこでスクラヴですよ。あぁ、もう一回エリーちゃんのラフィちゃんが見たい」



 「ちゃんが重なってややこしいな。……まぁ、頼んでみればいいだろう。きっと披露してくれる」



 ウォズのにやけた顔を見て、勘九郎も彼女の姿を思い出す。もう一度、あの映像を見返したくなった事は黙っていた。



 宿直室に着いて一時間後、ようやくメンバーが集まった。ぐったりとした役者陣と、ついでに隠れファンがさらに増えたクロエ。冷蔵庫から麦茶を出して全員に渡すと、勘九郎はこれからの予定について話し始めた。



 「……という訳で、次の主役はミゲルだ」



 「任せてよ。俺、ホラーって結構好きなんだよね」



 そう言ってはにかむミゲルを睨むミア。ひょっとすると、彼女がホラーを苦手な理由は彼にあるのかもしれない。



 「あの、どうしても私が出なきゃダメなの?」



 いつもよりもか細い声で訊くクロエ。



 「今回は特にいいのが出来たんだ。だから、クロエじゃないとダメだ。頼む」



 その身に危機を受けて書き上げた、勘九郎の魂のシナリオ。面白くない筈がないと確信する表情は、彼がいつも通りの様子に戻ったのだとメンバーを安心させた。力強い言葉が、彼女の心を揺さぶる。



 「……まあ、セリフもないし。これならいいかな」



 「そう言ってくれると思ってた。ありがとう」



 頭を下げる勘九郎に、「気にしないで」と返事をする。内心、楽しそうに演技をする役者たちを見て、興味が湧いていたのも事実だった。



 「それでは、撮影スケジュールの最終確認だ」



 そう言って、各メンバーの予定を手帳に書き込んでいく。全員が予定を開ける事が出来たのは、八月の三、四週目だった。



 「これで決まりだな。当日はよろしく」



 日程が確定し、満足そうに頷く勘九郎。調整の為だけに集まったメンバーは解散し、後に残ったのは勘九郎とエリーだけであった。

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