第20話 10
翌日、答案を書き終えた勘九郎は途中で嘘の腹痛を訴え、一人中庭で作業をしていた。
当然見回りの教師もおらず、白昼堂々と怪しい作業をしていても誰にも咎められない。
配線を終えて、発電機にガソリンを注ぐ。リコイルにオイルが染み込むまで何度か引くと、五度目の動作でエンジンが作動した。
これで、電力供給に問題はない。
スクリーンを立てて、サイドにスピーカー設置しているとミゲルがやって来て、何も言わずに角度の調整を手伝い始めた。勘九郎と同じく、途中退室を申し出たのだろう。
「太陽に雲が掛かってる。絶好の上映日和だ」
最初から反射しない様に気を使っていたが、この暗さなら割と遠くからでもしっかり見える。
「天も味方してるみたいだね。緊張は?」
「いいや、俺たちは人事を尽くした。後は神のみぞ知るってヤツだな」
言葉を聞いて、意外そうな表情を浮かべる。
「カントクって、神様を信じてるのか」
「当然だ。映画界には、何人神と呼ばれる監督がいると思っている」
「はっはっは、違いないね」
どうやら、彼ら兄妹は同じ笑い方をするらしい。いや、ミアがミゲルの笑い方を真似ていると言った方が正しいだろうか。
「さあ、そろそろ時間だ。幕を上げよう」
プロジェクターを起動し、映像を映し出す。
校舎からは、大量の足音が聞こえてくる。階段を下り、昇降口へ。自分の結果がどうだったかを話す声。
全然ダメだった。あの問題、②じゃねえの?もう少しやっておけばよかった。しかし、その口調は解放感で満ちている、何の変哲もないとある高校の一日だ。
昇降口を出て、生徒たちは中庭へ流れ込む。
途中、校舎の影に置かれたスクリーンに気が付いた生徒がいた。彼は足を止め、一体何が映し出されているのかと注目する。
そんな彼に倣うように、一人二人と観客は増えていき、遂には少しばかりの人だまりが出来上がった。
「さあ、上映開始だ!」
少し遠いところからリモコンの再生ボタンを押すと、突然映像が流れ始めた。
その音に気がついた別の生徒も続々と集まって、何が起きてるんだと野次馬根性を働かせている。
「これ、二年の姉崎さんじゃん」
「こっちの子は一年の辺見さんだ」
生徒たちは、それぞれの知識を持ち寄って状況の確認を始めた。だからだろう、これが映画である事に気が付くのは、さほど時間はかからなかった。
始まって一分、興味のない奴はここで帰る。しかし、それを食い止める為の最初の山場がこの映画には盛り込んである。
「『はちみつの黙示録』?変なタイトルだな」
怒りの剣幕でオフィス街を歩く二人をバックに、控え目に現れて淡く消えるタイトル。
一体何が起きるのかと生徒たちは予測を巡らせた。幼い見た目にリクルートスーツ、意味のわからなさは波紋も呼ぶ。
そして、最緊張が臨界点に達した瞬間、初のセリフがスピーカーから放たれた。
「……っふ。えぇ?」
それは、一人の女子生徒の笑い声だった。観客を引き込む迫真の演技と、とんでもなく幼稚な見出しの緩急によって生まれたモノだ。
「なんだそりゃ!?」
別のところには、それに突っ込む男子生徒。彼の言葉を皮切りに、群衆の各地でツッコミが起こった。その度に観客は笑い、その笑いが笑いを呼ぶという最高のスパイラルが巻き起こったのだ。
「なんだこれ、メチャクチャ面白くねえか?」
「主演が可愛すぎる。しかも演技上手いし」
特殊メイクのおかげで、ミゲルが一人二役だとは誰も気がついていないようだ。
そんな彼らを見て、二人がが呟いた。
「勝ったな」
「あぁ……」
ニヤリと笑う勘九郎。その思惑通り、騒ぎは更に大きくなっていく。
教師たちが気がついて、現場に駆けつけた時にはもう遅かった。中庭は人で溢れかえって、その全員がスクリーンに注目している。それどころか、教師も足を止め、音だけでも聞こうと二階の窓から覗いている生徒も現れた。
気が付けば、満員御礼を遥かに超える成果を叩き出していた。
妄想ディレクションは、間違いなくこの空間を支配した。エンターテイメントをジャックする。そんなアンビリーバブルな勘九郎の言葉は、確かに現実のものとなったのだ。
やがてラストシーンが流れ、はちみつの黙示録は遂に終わりを迎えた。そして、感動を称えるように拍手が巻き起こった。エンドロールが終わっても拍手は鳴りやまず、プツリと映像が切れてからようやくちらほらと歩き始める生徒が現れる。そんな中、人ごみで足止めをくらって合流できなかったエリーとミアが、昇降口に現れた。
「あっ!姉崎さんと辺見さんだ!」
彼女たちは一斉に取り囲まれ、次々と称賛の声を浴びている。その隙を狙って、勘九郎とミゲルは撤収作業を行い、無事に機材を回収。後の祭りの主人公たちを横目に、二人は第三旧校舎へ戻って行った。
「さあ、これから忙しくなるぞ!」
その予感は、見事に的中する事になる。何故なら、全校生徒が新しく生まれた二人のスターの姿を待ちわびる事となったからだ。
ただ、そのバックに誰が居るのかを考えたのは、皮肉にも彼らを追放した映画研究部の部員だけだった。栄光を手に入れた彼女たちと対照的に、勘九郎だけが新たな憎悪を向けられる事となってしまった事を、この時まだ知る由もなかった。
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