第19話 9

 × × ×



 その後、勘九郎は宿直室に籠もり、三日間を寝ずに過ごした。

 シナリオの変更と舞台装置の用意に捨ててあったスピーカーの修理。テスト用にまとめておいた対策ノートを念入りに作り込み、更には当日の為の下準備を済ませたからだ。設置する場所や角度の調整も、これでばっちりだ。



 その後、早朝に一度だけ家に帰ってプロジェクターとスクリーンを回収。

 気絶するように五時間だけ眠ると、他のメンバーが授業を終えるちょうどその瞬間となっていて、まさに今から撮影を始める瞬間であった。



 「エリーがクロエを連れてきたでしょ?だから、あたしも連れてきたわ。うちの兄貴よ。この学校の演劇部で、一応役者をやってるからそれなりに使えると思うわ」



 彼女の隣には、暗い赤髪の優しい雰囲気の男が立っていた。



 「話は聞いてるよ。君があの噂のカントクなんだって?初めまして、兄のしげるです」



 足りない役者の事を考えたミアが、自分の兄を連れてきたのだ。彼は三年で、ミアとは正反対の物腰の柔らかい性格をしていた。



 「ようこそ、ミゲル。ミアに聞いた時から待ちわびていたんだ。歓迎する」 



 言って、ミゲルの手を強く握る勘九郎。



 「驚いた、本当にあだ名を付けられるんだね。……聞いてるとは思うけど、俺はこの前のコンクールで役を降りて裏方に回ったからいつでも協力出来る。よろしく頼むよ、カントク」



 急な話にも関わらず、おまけに勘九郎の事を知っているのだから、ミアに口説かれた事を差し引いてもとんでもない人格者と言えるだろう。

 競争の中で生きて来たからか、年齢に対する嫌味も感じられなかった。



 「それじゃあ、一度通しで台本を読もう」



 はい、と返事をするメンバー。勘九郎は、更に言葉を繋げる。



 「ミゲルをチームに入れても役者は三人。それだけじゃ、せっかくのコメディの雰囲気が物足りなくなってしまう。そこで、ミゲルにはハゲの編集長と同僚の男役を。俺も、セリフ無しのモブとして参加する。ウォズ」



 呼ばれ、みんなの前に出る。

 大勢の前で話すのは初めてなのか、表情からは緊張が伝わってくる。



 「こ、今回は僕も撮影に参加するんだ。と言っても、背中だけだけどね。編集で何とか賑やかな演出にするから、顔を出す役者のみんなには立ち位置を調整して貰う必要がある。細かい注文が重なるかもしれないけど、よろしくね」



 「問題ない。それではクランクインだ。撮影は一週間、編集も一週間。たった二週間の過密スケジュールだが、俺たちなら絶対に出来る。気合入れていくぞ!」



 こうして、撮影が始まった。

 特に根拠のない自信だが、こうも力強く言われてしまうと何故か出来るような気がしてくるから不思議だ。

 実際、その言葉がみんなをランナーズハイに近い状態へと覚醒させて、ほとんど没のないハイペースで撮影は進んでいった。



 「ミゲル!このハゲはそんなにかっこいい表情はしない!やられ役だという事を自覚しろ!」



 「はいっ!」



 「ミア!殺すなよ!いくら何でも役に肩入れし過ぎだ!復讐劇じゃなくてコメディだぞ!」



 「分かってるわよ!」



 「エリー!お前は胸にサラシを巻いてくれ!ジャンプする度にクロエとウォズがにやけるのが気になる!」



 「えぇ、私だけ違くない……?」



 そんな調子で撮影は進み、あっという間に一週間が経過した。

 ラストの、どこかの崖の上で自分たちがスパイである事を告白し、ハゲが文部科学大臣になったところで物語は幕を閉じる。



 「カット!オーライだ!これにて撮影は終了、お疲れ様!」



 予定通り、ぴったり一週間でこなした役者たちはその場に座り込み、互いを称え合っていた。

 その横で、機材を片付けて撤収の準備をする勘九郎。クロエとウォズに声を掛けると、鞄に全てを詰め込んで立ち上がった。



 「それじゃ、俺たちは宿直室に籠るから、お前らはここで解散だ。またな!」



 二人を引き連れてズンズンと帰っていく勘九郎を見届けると、残った三人も立ち上がって帰路についた。



 「クロエ、サウンドとテーマソングのイメージは出来ているか?」



 「うん、ほとんど出来てる。大丈夫だよ」



 「なら、こっちのノートパソコンで作業を進めてくれ。助けが欲しい時は呼ぶ。ウォズ」



 「分かってる。現場で見てたし、僕も大体構想は出来てる。カントク、指示を」



 「グッドだ。それじゃあ行くぞ」



 今度は映像制作のフェーズへ移っていく。



 「なるほど、これなら自然だな」



 シーンを紡いでいき、背景や人の影を重ねていく。どうやっているのかは勘九郎には分からないが、背景の人影の後ろを歩く様にしたり、声が響かない様に編集する事で、このフロアにたくさんの人が居るかのような錯覚に陥る事が出来た。



 「あぁ、そこはゴゴゴって感じだ。そっちは、もっとヒュンって感じ」



 「その指示を、段々分かって来た自分がいるよ」



 「うーん、もうちょい欲しいな。クロエ、ちょっと来てくれ!」



 ……作業は中間テストが始まっても続き、何度徹夜を繰り返したかも分からなくなったテスト二日目の午後5時。

 ようやく、全てが完了して妄想ディレクション全員の血と汗と涙の結晶が完成したのだった。

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