第13話 3
「あたし、あぁ言うセコイの大っ嫌い。聞こえるように悪口言って、責任逃れで当事者から遠ざかるのよ。ムカつく」
ミアは、曲がったことを敵とする正義感の強い女だった。
「落ち着け、俺は気にしてない」
むしろ、本来は大いに気にして撮影を止めなければならない。
だから、自分はアイデアを提供してもらって、その報酬として好き勝手に罵倒されているという事を説明した。
「えぇ……、それあんたが悪いじゃない。謝ってきなよ」
どちらが悪かの決着が付くと、困った様に諭す。
「そうは言ってもだな、面白い事を見せつけているのだから撮影くらいするだろう。それに、悪口を言う奴は決まって俺が撮ったことのないモブキャラだ。今を輝く主人公たちに、俺に構う時間なんてない」
悪態こそ吐けど、それ以上に食いつく事などない。それは、嫌われ者の勘九郎がよく知っていることだった。
何かもっともらしいことを言われて、変に納得してしまう。
言いくるめられたのが半分、もう半分は彼らが口にしたその蔑称に理由があった。
「ところで、カントクって呼ばれてたけどカメラマンじゃないの?台本は、確かにタダ者とは思えない出来だったけど」
そういえば、まだミアは自分を映画研究
と、思い出した勘九郎は自分が何者なのかを話す。
「へえ、自分のクラブかぁ。なんか、面白そう」
喰い付いた。
「おまけに、うちの女優と編集は超絶な天才だ。痺れるぞ」
女優と聞いて、それを挑戦状と受け取ったのか、彼女はムッとした表情を浮かべる。対抗心が芽生えたのだろう。
「それは聞き捨てならないわ!だったら、私の方が優れていると証明してあげる!」
勝手に勝負に巻き込まれたエリーが不憫でならないが、こうなってしまってはもう止められない。
第一、最初に止めなければならない勘九郎が勝負に興味津々になっている。
これはいい映像が取れるぞ。
「ならば案内しよう。我がスタジオへ」
立ち上がると、鼻歌を歌って歩き出す。その姿を追って、ミアはひょこひょこと着いていく。
そして、案内されるがままに辿り着いた第三旧校舎を見ると、彼女は一瞬だけ躊躇した。
「ねえ、ここちょっと怖くない?それに、呪われてるって聞いたけど」
彼女も、怖いのが苦手だった。しかし、問いには言葉を返さずズンズンと奥に進んでいく勘九郎。
置いてけぼりにされそうで、何だか心細くなってしまったミアは駆け足で校舎へと足を踏み入れたのだった。
「……何ここ。こんなのあり?」
宿直室に入って、思わず驚いてしまう。7畳程の部屋に、白物家電とハイスペックパソコン。収納棚の中には、資料のポスターとパンフレットがきっしり詰まっていた。
アメリやキル・ビル、メメント等、本編を見たことの無い彼女でも知っている有名なタイトルが目に付く。エリーやウォズには話しても理解されない為、今までは紹介していなかったのだ。
「もっと古いのは手に入らなかったんだ。本当は、『夕陽のガンマン』のポスターを貼りたいんだが」
夕陽のガンマンは、クリント・イーストウッド主演のドル箱三部作と呼ばれる西部劇の一つだ。
二人の賞金稼が織り成す、マカロニ・ウェスタンの金字塔とも言うべき名作である。
しかし、勘九郎は懐古主義者ではない。
最近のドラマの派生や少女漫画原作、果てはアニメ作品のモノまで、幅広く取り揃えている。
「結構新しいのもあるわね。あたしはこっちの方が好きかな」
そう言って、最近放映された映画のパンフレットを手に取った。テレビでも話題になった、青春モノのコメディだ。
「金が無くてな、パンフレットだけ買って来た」
「あはは!バッカみたい!」
話を聞いて、腹を抱えて笑うミア。
余程ツボに入ったのか、声は止まるところを知らず、フラフラとした様子で上の棚に手を伸ばした。
「あ、これも知ってる。確か黒沢映画ってヤツよね」
そう言って、つま先立ちになって覗き込む。
しかし、彼女の低い身長では目線が届かず、どうしても無理のある姿勢になってしまう。そして。
「きゃっ!」
パンフレットを引っ張った拍子に、バランスを崩して後ろへ倒れてしまった。
だが、真後ろには勘九郎が立っていて、彼にもたれ掛かる様にして転倒を回避する事が出来た。
「あぁ、ごめん。ちょっと笑い過ぎちゃって……」
その時。
「やっほー。カントク、来たよ~」
なんというタイミングだろうか。ちょうど肩を支えて、見ようによっては後ろから抱き着いているようにも見える瞬間を、エリーはばっちり目撃してしまったのだ。
その背後には、途中で合流したのかウォズの姿もある。
瞬きをして、目線を逸らす勘九郎。
「……なあ、ウォズ」
「な、なに?」
逆立つ金髪に恐れおののくウォズ。問いかける勘九郎を、とぼけた表情で見上げるミア。
「カメラ、回してくれ」
そして、そう誤魔化さなければ泣き出してしまうんじゃないかと言うほどの、冷たくて美しい笑顔を浮かべるエリーの姿が、そこにはあった。
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