第12話 2

 「女優志望か、それはいいな」



 「そうでしょ!?私、映画って大好きなのよ。だから、ここの映画研究部に入部する為にこの学園に入ったの。『座頭市に、映研あり』ってね!」



 短い赤色の髪を揺らして、フンと胸を張る。

 彼女の言う通り、座頭市学園の映画研究部は深い歴史のある部活動であり、これまで数々の名監督を輩出して来た登竜門的な存在だった。



 「それで、どうして俺に絡む?」



 「手始めに、あんたにあたしの演技を見せてあげようと思って。どうせこんな所でぼーっと空撮ってるんだから、才能のない補欠カメラマンなんでしょ?」



 「見方によっては、それより酷いかもな」



 言いながら、密かにカメラを彼女に向ける勘九郎。この我の強さは、きっと素晴らしい武器になると直感した。



 「だ・か・ら!あたしを撮って、その映像を上の連中に見せつけてやりなさい!そうすれば、あんたはたちまち一軍起用。あたしもそこのメインヒロインに大抜擢ってワケよ!あっはっは!」



 どこまで妄想を膨らませるのか、にんまりとした笑みを溢すと、彼女は天を仰いで大笑いをした。



 「了解だ。それじゃ、こいつを使ってくれ」



 言って、手元にあった一つの台本を手渡す勘九郎。

 それを受け取ると、彼女は笑ったまま中を開き、そしてページを捲る度に段々と声を潜めて行った。



 「はっはっは、……えっ?これあんたが作った話なの?というか、どうして台本を?」



 青ざめた表情で、しかしセリフを読む目が止まらない。



 「その通りだ!それじゃ、シーン1から行くぞ!」



 「えっ、ちょっとまっ」



 「アクション!」



 ==========



 昼間のオフィス街。黒いパンツスーツにヒールを履いて、カツカツと歩く女が一人。

 表情には怒りが滲んでおり、通りすがりの人々は皆道を開ける。ぶつかれば噛みつかれそうな、そんな剣幕だった。



 やがて、彼女は目的地のビルに辿り着く。入口から中に入って、五階までエレベーターを使わずに階段で上がっていく。冷たい壁に反響する足音は、最上階まで届いている。

 非常扉を開けて中のオフィスに入っても、息は全く切れていなかった。



 真っすぐに奥へ。

 最後の扉を開けて、間髪入れずに高級な椅子に座った男の机に書類を叩きつけると、フロア中に響き渡る声でこう言い放った。



 「おいハゲ、お前の言う通り全部暴いてやったわよ!」



 それは、彼が過去に行って来た黒い事業の資料であった。その一つを手に掴んで目を通すと、男は顔を真っ青にして震えあがる。



 「言ったわよね。私を怒らせない方がいいって」



 「は、派遣風情が……」



 呟いて、手に強く力を込める。ぐしゃりと書類は潰れるが、その闇が消える事は無い。



 「これを上に持って行ったっていいのよ。そうなれば、真っ先に会社に切り捨てられるのはお前。……覚悟、決めたら?」



 黙りこくる彼に、彼女は考える隙を与えない。バン、と手を机に叩きつけ、ジッと顔を睨みつける。

 その鋭い眼光のままに、とどめの一撃をぶちかました。



 「次の企画は、『みんな知ってる!?わたしがモテモテになったみっつの理由!』。そうだろ?」



 「……仕方ない」



 ここは、とある女性ファッション誌を発刊するレーベル。男は、別会社から出向して来た元編集長だった。

 彼の負けた声を聞いて、湧き上がる社内。その歓声に応えるように手を上げると、皆が彼女の名前を呼ぶのだった。



 ==========



 「はいカット!自分で言うだけあって、素晴らしい演技力だ!」



 言われ、まさか台本を全てぶっ通しで読まされることになるとは思っていなかった彼女は、勘九郎の隣に座ってへこたれるように下を向いた。



 「ほんとめちゃくちゃ。でも、こういうコメディも悪くないわね。オチも凄く面白かったわ」



 主人公は、競合他社のスパイだった。

 派遣として内部から会社を潰そうと画策していた所、突如として現れた超敏腕の元編集長がいた。

 彼の企画を阻止する為過去の黒歴史を暴いて、自分の考えた絶対にコケる企画を雑誌に乗せる事が目的だったのだ。



 「お前の演技あっての賜物だ。えっと」



 「あずきよ。辺見あずき」



 「じゃあ、ミアだな」



 相変わらず、すぐにあだ名を付けたがる勘九郎。それ即ち、早くも映画研究会に引き入れようと目星を付けたと言うことだ。



 「何それ、まあいいけど。それで、あんたの名前は?」



 ミアが訊いた時、二人の前を通り掛かった生徒たちが、わざとらしく呟く声が聞こえてくる。



 「うわ、カントクだ。また撮られるぜ」



 「早く行こう。気持ちわりいし、碌な目に合わない」



 明らかに、聞こえるように話している。

 それが分かってしまったからだろうか、彼女は明らかな不満を顔に浮かべて、その生徒たちを見ていた。

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