第5話 5

 案内されたのは、まだ天井のある教室。

 引き戸には、後から取り付けられたであろうドアロックが付いていて、鍵の束から一つを探し出して解除すると、引き戸を引いて中へ入った。



 「これって、もしかして」



 そこには、黒板の取り外された壁一面に白い背景を張り、天井に工業用のLEDライトを取り付けた簡易的なスタジオが用意してあった。

 部屋の隅へ向かい、ポータブル発電機を起動。壁に引っかけてあるコードの繋がったスイッチを押すと、段になっているステージを強い光が照らした。



 「いつかこんな日が来ると思って、用意しておいたんだ」



 制作期間5ヶ月。この場所を見つけた日からコツコツとアルバイトを続け、泊まり込みを繰り返して作り上げた勘九郎の努力の結晶だ。

 よく見れば粗のある、何から何まで手作りのこの場所が、エリーにはとても輝いて見えた。



 「これ、全部一人で作ったの?」



 「うむ、こっちも見てくれ。近所の廃材置き場から、色々とかっぱらって来たんだ」



 パーテーションで分けられた区画には、様々な自作の舞台装置が用意されていた。

 ロッカーには少しの小道具と、中にはガラクタを組み合わせた意味深なイミテーションまで存在している。



 「こんな花びらとかも、集めて散らすだけで雰囲気が出るんだ。あ、実はあのステージにも色々と工夫があってだな」



 そう言って、次々に仕掛けを披露する勘九郎。



 「凄いよ、準備するの大変だったでしょ」



 訊くと、彼は動きを止めてエリーの顔を見た。



 「何も。楽しくて仕方なかった」



 ……エリーがソファのシーツを捲ると、つぎはぎの縫い目にところどころ血が付いている箇所があった。

 脚を直したであろう椅子やテーブルは綺麗にペンキが塗ってあって、錆ついていた筈の家電は綺麗に磨き上げられている。

 これをずっと一人で、なのに苦労の一つも語らず。いつ来るのかも分からなかった今日の為に。ずっと、ずっと。



 「……楽しくて、仕方なかった」



 その言葉が、エリーの頭にリフレインする。

 尚も笑顔で説明する勘九郎の顔を見ていると、自分までワクワクしてくるのは何故だろう。理想を追い求める姿が、キラキラして見えるのは何故だろう。

 もし、勘九郎の思い描く映画が形になったら、どれだけ面白いのだろう。



 そこに、勘九郎は私を必要としている。他の誰でもない、私をだ。



 「それでな?」



 「……わかった」



 拳を固く握って、ぼそりと呟く。



 「何が?」



 訊き返す彼に、エリーは向き直る。その表情は、勘九郎にも劣らない満面の笑みだ。



 「私、やるよ!カントクの映画の女優になる!」



 思わず、彼の手を握っていた。

 エリーは、心の底から見たくなってしまったのだ。この唐変木で奇人で変態の勘九郎が、心血を注いで作り上げようとしている世界がどんなモノなのかを。

 そこに必要とされているのなら、自分に出来る事があるのならばいくらでも力を貸そうと、そう強く決心したのだ。



 「よろしくね、カントク!」



 「……あぁ、よろしく頼む!」



 強く握り返し、笑うエリーを見る。

 彼女の姿が、どうしてか昨日の演技よりも魅力的に見えた事を、勘九郎は錯覚だと思い直して返事をしたのだった。



 ……一通りの説明を終えると宿直室に戻り、台本に目を通す二人。撮影の開始は、午後の三時からと言う事で話が付いた。



 「ところで、カントクの言う理想の映画ってSF映画なの?昨日撮ってたのも、SFだったよね」



 いちご牛乳を飲みながら、エリーが訊く。



 「半分は合っている。もう半分は、俺の理想が一つじゃないってことだ」



 「どゆこと?」



 「アクションやロマンスや、それぞれのジャンルに理想はある。ただ、今の予算と人手の事を考えると、実現出来るのはSFかスリラー、後はホラーって事になるんだよ。スターウォーズは知っているか?」



 それくらいなら、と頷く。



 「今でこそ超ド級のスペクタクルとして有名だが、その初代は出来の拙さに撮影スタッフや映画館から大バッシングを受けていたんだ。しかし、結果は誰もが知る通りの大成功。事前評価を覆す興行収入を叩き出した。何故か分かるか?」



 「分かんない」



 「アイデアだよ。ジョージ・ルーカスは、極端に少ないその予算でみんながワクワクするようなアイデアを形にしたんだ。考えてもみろ。宇宙を股に駆けるストーリーなのに、ルーク最大の危機は狭いゴミ処理場に落っこちてR2-D2がシステムにアクセスするかどうかテンパってるシーンだ。おまけに、タコの怪物は足しか見えてない。あれに金がかかってるとは、とても思えん」



 「あぁ、確かに」



 言われて朧気に思い出したのか、エリーは少しだけ笑った。



 「SFのかなめは、どれだけ視聴者のイメージを膨らませられるかって事なんだ。面白さと言うのは、何もド派手なアクションだけじゃないって話」



 「なるほど~。因みに、スリラーはなんで?」



 様々浮かぶ理由を手繰り寄せていると、スマホのアラームが鳴り響いた。どうやら授業に出る時間のようだ。

 名残惜しさを感じながらも、二人は鞄を持ち上げて立ち上がった。



 「ソウの一作目を見てくれ。全て分かる」



 「そう?わかったよ。今日の夜見てみる」



 軽い約束を交わし、校舎の外へ出て行った。

 授業中、エリーは台本を夢中で読んでいた。心が躍るのを抑えきれなくて、思わず笑みが零れてしまう。

 午後の三時を心待ちにするその姿を見た周りの生徒は代わる代わるに理由を訊いたが、彼女はそれを答えなかった。

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