第3話 3

 「すっごいボロボロ。ここ、入れたんだ」



 旧第三校舎は、元々生徒数が増えて急増で作られた木造の建物だ。だからメインの校舎よりもサイズは小さく、おまけに途中まで取り壊しを行っていた為二階の半分までが無くなっている。

 無事なのは、もう半分の二教室と一階だけだ。



 「あぁ、俺だけが鍵を持ってる。他の奴には言うなよ」



 ロッカーの一つを開けると、いつか使うかもしれないと信じて購入していた衣装がズラリと並んでいる。

 その中の一つを取ると、勘九郎はエリーの目の前にそれを晒した。



 「なに?ドレス?」



 「厳密には違うが、まあ似たようなものだ。これを着て、『お兄ちゃん』と言ってもらえないか?」



 エルフらしいライトグリーンの衣装で、布が薄くかなり際どい造りになっている。もう一つ、これに白いレースを纏う事で、ラフィリエに近い装いを真似ることが出来る。

 ファンタジー作品を撮る事を考えて、買っておいた代物だ。



 「……ちょっと、カントクって私が思っていたよりもずっと変態なんだけど」



 「まあ待て、事情を説明する」



 スマホの画像検索でモデルを見せて、かくかくしかじかと理由を話す勘九郎。



 「ふぅん。つまり、私がこれを着てそのウォズって人に頼めば、カントクの映画が見れるってことなの?」



 「そう言う事だ」



 その質問に、どこか違和感を感じながらも答えると、エリーは少しだけ考える様な素振りを見せて。



 「一つ訊きたいんだけど、私じゃなきゃダメなの?」



 「ダメだ。座頭市学園のどこを探しても、あいつの願いを叶えられるのはエリーだけだ」



 「へぇ、そうなんだ。……まあいいよ、着替えるからちょっと待ってて」



 「やってくれるか!」



 妙にあっさりと承諾するエリーだったが、そんな事は一切気にせず喜ぶ勘九郎。

 そして、部屋を出て待つ事五分。扉が開かれて衣装に着替えたエリーが廊下へ出て来た。



 「どうかな」



 「おぉ、これならウォズも満足するだろう」



 画像と見比べると、その完成度に驚く。

 むしろ、エリーの見た目が良すぎて衣装が負けている様にさえ思えてしまう。



 「それじゃ、その人のところに」



 「まだだ。ラフィリエの演技を練習してもらう」



 そう言って、行先を封じる勘九郎。



 「えぇ?そんなの、約束に入って無かったじゃん」



 「仕方ないだろう。あいつはラフィリエのコスプレをした女に頼まれたいんじゃなくて、ラフィリエに頼まれたいと言っているんだから」



 「……はぁ、しょうがないなぁ。それじゃ、そのキャラクターが動いてるトコ見せてよ」



 言われて、テレビCMで使われているワンシーンを見せる。人気キャラ故、ソロでの番宣が存在している。



 「おっけ。じゃあ、やってみるよ」



 ……空気が、変わった。エリーからは、先ほどまでのフランクな雰囲気は消え去り、オーラにも見える異様な気配を感じていた。

 思わず、カメラを構えて録画ボタンを押す勘九郎。そのレンズを真剣な表情で見据えると、途端に目をトロンとさせ、胸元に手を置いた。



 「お願い、お兄ちゃん」



 「な……っ!?」



 勘九郎が声を上げたのも無理はない。何故なら、その演技が明らかに素人のモノとは違ったからだ。

 確かに、アニメとは声とは違う。しかし、そこにはいるのだ。存在しない筈の、ラフィリエが。



 「どう?いい感じだったでしょ?……カントク?お~い」



 目の前で手を振られても、反応することが出来ない。

 彼は、エリーの演技にそれほどまでに感動していた。心酔したと言ってもいいだろう。録画ボタンを止めるのも忘れ、ただそこに居る|のラフィリエに見惚れていたのだ。

 このアニメを、一度資料程度に眺めただけの彼が、だ。



 「ちょっと、ここで無視って。そんなのないよ」



 ラフィリエが消え、エリーが現れた事でようやく我に返る勘九郎。

 それでも茫然と彼女の顔を見ていて、今のが本当に現実だったのか信じ切れていない様子だ。



 「……好きだ」



 「はぇ?」



 「好きだ、エリー!俺は、お前が欲しい!」



 十万円もするカメラから手を離して、強くエリーの肩を掴む勘九郎。

 しかし、そんな言葉に対応なんて出来るわけもなく、彼女は頭の上に大きなはてなマークを浮かべて、目をパチクリとさせるだけである。



 「ちょっと、何を言って。だって、今日あったばかりでまだお話だって……」



 割れた窓の隙間から吹く風に、ピンク色の花びらが乗って舞う。

 靡く髪が視界を隠しても、彼の顔から眼を離す事が出来ない。刹那の沈黙の後、エリーは充満した春の香りを思い切り吸い込んだ。



 どうしてかな、心臓が急に。



 「お前の演技、さてはタダ者じゃあないな!俺、ずっと探してたんだ!エリーは、きっと俺が完璧に満足出来る映画のヒロインになれる!」



 治まった。



 「……えんぎ?」



 「あぁ!演技だ!お前は本当にすごい才能を持ってるんだ!」



 「えんぎの?」



 「その通りだ!」



 ちゅんちゅんと、外で雀が鳴いている。



 「私、もしかして遊ばれたの?」



 「……あん?何が?」



 真剣な眼差しに、今度は勘九郎がはてなマークを浮かべている。彼が何も理解していない事に気が付くと。



 「ばか!」



 パチンと、その頬っぺたを引っぱたいた。



 「もう知らないから!10冊でも20冊でもエッチな本払って作ってもらえば!?」



 そう叫ぶと、エリーはロッカールームに籠ってしまった。そして、制服に着替えるとブレザーのポケットに手を突っ込んで、チューイングガムを口に入れると一瞥をくれて立ち去ってしまったのだった。

 当然だ。相手がどうあれ、その言葉を簡単に口にする男に対して頭に来ない女はいない。



 「あれ?なんでこうなる?」



 しかし、その経験のなさから理由も分からないまま首を傾げる勘九郎。

 あえなく断られてしまった彼だったが、仕方ないと気持ちを切り替えてカメラを拾い上げると録画ボタンを押したてカメラを止めた。



 立ち尽くしたまま、映像を確認する。画面の中には、やはり本物のラフィリエが存在している。

 何度も見返して、その度に彼はエリーの演技の虜になっていった。



 「このビンタも、いいスナップだ」



 ヒリヒリと痛む頬を撫でながら呟く。

 落ちたカメラは、たまたま二人をフレームに捉えていたようだ。怒ったエルフが、映画監督を引っぱたく画。



 「こんなの、撮りたくても中々取れない。いいのが二つも手に入ったぞ!」



 依頼の件などすっかり忘れ、ウキウキで宿直室へ戻る勘九郎。

 その日、彼は日が落ちて誰もいなくなった深夜の学校で、延々と映画の編集作業を行っていたのだった。

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