第10話 ナポリタン

 はっとして目の前に視線を寄越すと蒼太の眉間にしわが寄っている。


「あ……、いや! その……。このナポリタン、めちゃくちゃ美味いなって!」

「はあ……?」


 冷たい色を宿したままで蒼太は眉間にシワを寄せた。


(やばい……、絶対おかしい奴だって思われた)


 ものを食べながらぶつぶつ呟くなんて側から見れば怪しさ満載である。

 その上、考えてみれば蒼太は料理人なわけだから美味い料理を作るのは当たりだろうし、一体何を言っているのかと思ったことだろう。

 そういえば褒めると逆にプライドを逆撫でされたように思えて怒ってしまうこともある料理人もいるとSNSで読んだことがある。


(俺……、なんかすごい失礼なこと言っちゃったんじゃないか?)


 誤解を解きたくて俊介は慌てて口を開いた。


「あ、えっとその! なんかいい言葉が浮かばないけど……。なんだろう……、こう。いい旋律に急に出会ってたまらずに演奏したくなってみたって言えばいいのか……」

「は? ……何それ。意味分かんない」


 蒼太は一瞬無表情を浮かべた後、一瞥して無造作にフォークに巻いた麺を小さな口に運んだ。


「なんて言うか……、うまくは言えないんだけど……」

「だったら言わなくてもいいよ。……とりあえず分かったから」

(な……なんだよ。そんな風に冷たく返さなくったっていいだろ)


 俊介の腹にふつふつと湧いてくるものがあった。

 適切な言葉を選べてないのは分かってる。

 しかしそれでもせっかくフォローしようと思ったのに、当の本人に邪険にされるのは腹が立つ。

その時、ふと俊介は思い当たった。


(いや、もしかして俺の考えてること本気にされてないんじゃないか?)


 いわゆる一種のリップサービスと言えばいいのだろうか。本当はそう感じてはいないのにとりあえず褒めておこうと口にしたと捉えられているのかもしれない。


(確かにこんなに美味いんだから、お世辞も言われ慣れてるに決まってるよな)


 本当にこのナポリタンは美味かったのだ。

 しかもそれだけではない。幸せな気持ちを俊介の心に呼び起こしてくれた。

 その感動は本当に俊介の心の中から生まれたものであるし、素直に言葉にしたにすぎない。

 俊介からすれば自分の真っ直ぐな気持ちを疑われたような気がして正直気分が悪い。

 自分が感じた率直な感想が嘘偽りないものだとどうしても伝えたくて、俊介はぐっと握り拳を作って身を乗り出した。


「いや! 分かるさ! めちゃくちゃ美味いだろ。このナポリタン。焼き加減はちょうどいいし、ケチャップだって少し酸味が感じられるのに濃厚で甘さだって感じる。それに見てみろ具材だっていい薄さに切ってあるからソースがちゃんと絡むし食感だって楽しくなる。このナポリタンはさ! 構成も旋律もファンタスティコ(美しい)なんだよ!」

「んっ……! 君、いきなり何を言ってるの?」


 蒼太がむせたようで少しのけぞって言い返す。

 しかしその反応すら俊介には納得できなかった。


(まだ信じないのか……? こうなったらとことん言ってやる)


 蒼太の目元が少し赤くなってることなどお構いなしに俊介は続けた。


「何ってなんだよ! 第一、美味い物を美味いって言って何が悪いんだ。音楽だっていいものに出会えれば感動するし言葉にだってするだろ? なのになんでそれをお前に咎められなきゃいけないんだ。それとも俺がお世辞から言ってるって思ってるのか? だったら何回だって言ってやるって。お前が作ったこのナポリタン、めちゃくちゃ美味いから!」

「……」


 蒼太がわなわなしながら俊介を睨みつけている。

 俊介も負けじと睨み返した。

 ここで引いてしまったら自分の気持ちを信用してもらえないと思った。

 テーブルを挟んで俊介と蒼太は睨み合った。そのまま数十秒間微動だにしない。

その静寂を破ったのは十四郎の静かな笑い声だった。



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