第6話 不意に出た音

 音のした方に顔を向けると蒼太がこっちを鬼のような形相で見つめていた。

 美人が睨むとそれだけ凄みも増す。思わず俊介は怯んでしまった。

 射殺すような鋭い視線に背中がひゅっと冷たいものが走った。

 雨に降られたのは蒼太も同じだったから先に着替えたのだろう。

 薄紫のニットにデニムを合わせてさらに彼の白い肌が映えるように見えた。

 手にはバスタオルを持っていたが、俊介の手に握られていた同じものを見るなりカウンターの上に乱雑に置いた。


「おやあ蒼ちゃん。帰ってたのかい?」

「そうちゃん?」


 愛称で呼ぶってことは知り合いなのだろうか。

 いや、普通に考えれば親族か。


(ってことは……。ここはこの子の家なのか?)


 洋食屋が実家とは珍しい環境だけれどもそれなら大量の玉ねぎを運んでいたのも肯ける。


「帰りが遅いからちょっと心配してたよ」

「予想以上に多かったから時間がかかったんだ」


 蒼太はそっと玉ねぎの入った段ボールを指差した。


「相田さん家からもらってきたの? こんなに?」

「そう。後で観月さんに文句言っておいて。一人で二箱って知ってたら僕だけで行かなかったよ」


 蒼太はそう言うと俊介の目の前に立ちはだかった。

 相変わらず眼差しは冷たい。

 こんなに敵対心を剥き出しにされたことはなくてなんて言ったらいいのか分からない。


(俺なんかした……? いや、確かに勝手にピアノ弾いていたけど。それはもう……、あんなに素晴らしいピアノがあったら不可抗力というか……)


 突き刺すような鋭い視線に思わず顔を背けてしまいそうになる。

 なまじっか美人だからこそ、その目力の破壊力もすごい。

 しかし無言で睨みつけるままで何も言ってこない。


「この人は蒼ちゃんのお客さんかい?」

「別に、僕の荷物を運んでくれただけ。それにもう用もないから。すぐにお帰りだよ」


 冷たい声色でそう答えると十四郎が呆れたような声をあげた。


「蒼ちゃん。そんなふうに邪険に扱うものじゃないよ。せっかく手伝ってくれたのに」

「そう? 手を貸してくれたのはいいとして、人の家のものを勝手に触るなんて。正直、仮に追い出されたとしても仕方ないと思うよ」

「ぐ……っ」

(た……、確かに)


 いい年になって、初めて訪れるしかも初対面の相手の家のものにベタベタ触るなんて睨まれてもしかたない。

 しかも年代物のスタンウェイだ。値打ちを考えれば怒りももっともだ。

「蒼ちゃん。そんなふうに言わないでも……」


「いえ! おっしゃる通りです。本当、すみませんでした! ……じゃあ、俺はこれで」


 足早に立ち去ろうと踵を返した時だった。

 ぐう……。

急に深くて鈍い音が響いた。

 出元は自分のお腹であることに俊介は顔がかあっと赤くなった。

 十四郎の快活な笑い声が響く。


「まあ、せっかくだから食べていきなさいよ。雨に濡れて疲れたでしょうからね。いいよね? 蒼ちゃん。さっきも言ったけど手伝ってくれたんだから無下にしちゃダメだよ」

「ふん……」


 蒼太は一瞥すると手にエプロンを取り、部屋の奥へと再び消えていく。


「あ……え、ちょっと?」

「心配しなくても大丈夫だよ。うちの料理人はとても腕がいいからさ」


 と言うことは蒼太が腕を奮ってくれると言うことなのだろうか。

 疑問を頭に浮かべながらその姿を見送ると俊介は小さくくしゃみをした。


「とりあえず先に着替えてきなさい。このままでは風邪をひいてしまうからね」


 十四郎は白い髭を撫でるとほっこりとした笑みを浮かべて俊介にそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る