天使が悪魔
富升針清
第1話
女は朝の教会にいた。特に神に祈りを捧げるわけでもなく、愛犬の頭を優しく撫ぜながら教会の中にいた。
女はとても目立っていた。真っ白なワンピースに横にたてかけてある、白い日傘。ピンクの髪に白い小型犬。透き通るように白い肌。
教会に女はよく似合っていた。それはまるで、天使のように。
「……あら、こんにちは」
「珍しい。先客がいらしたのね。こんにちは」
教会の近くに住んでいる老婦人が女と挨拶を交わす。
「観光の方?」
老婦人は此処らでは見かけない女に質問を投げかけた。
「えぇ。とても美しい教会だったので、ついつい寄り道をしてしまって……。まさか、こんな山奥にこんなに美しい教会があるとは思いませんでしたわ」
そう。ここは、とある国の山奥にある教会である。
「あぁ。ここはどんな観光ガイドにものってないからね」
老婆は笑顔で女の言葉に頷き返した。
「まぁ。そうなんですか? 私、ちょっと得をしたようですわね。でも、何故こんなところに教会が?」
ここは山奥。
麓に村なるとは言え、随分と遠い。
また、麓には此処よりも大きく立派な教会が既にある。
ここに教会を建てる理由にはならないだろう。
そんな女の疑問を知ってか知らずか、老婦人は小さく笑って、こっそりと内緒話をする様に彼女に教えてくれる。
「ここはね、一人の天使様が舞い降りた教会なんだよ」
天使?
「まぁ、大変ロマンチックなお話だわ。天使様なんて。よろしかったら、そのお話詳しくお聞かせ願えます? 私、不思議な話や面白い話をお聞きする事に目がないのです」
女はいつも様に、話の続きを促した。
「おや。若いのに素敵だわ。まさか貴女、作家さんかしら?」
「ふふふ。まさか。極々、個人的な趣味でごさいますわ。お聞かせ願ってもよろしいかしら?」
「あら、そうなの? いやね。歳を取ると想像力も豊かになってしまって。お話の続きなら、勿論」
そう老婦人は笑うと、女に向かって語り始めた。
それは、この教会に伝わる天使の伝説。
遠い昔の御伽噺。
昔、ここら辺には人形師がいました。
その人形師は生きている人間そっくりに人形を作ることが出来る人形師でした。
それは、もう。本物の人間、本当にそっくりに。
ある日の事です。
ある少女がその人形師を尋ねてきました。
なんと、彼女は自分そっくりの人形を作って欲しいと依頼したのです。
何でも妹が欲しいと…。
話を聞くと、少女は一人寂しい思いをしていると聞きます。
もし、妹がいたら、その寂しさが少しでも紛れるかもしれない。
小さな依頼人の細やかで可愛らしい願いに、人形師は快く頷くと、その女の子そっくりの人形を作りました。
女の子は人形師が作った人形を大変気に入りました。
まるで本物の妹が出来たみたい! そう喜ぶと、女の子は早速人形と遊びました。
それは夢にまで見た日々の様でした。
毎日毎日服を着せ替えたり、お休みのキスまでもしました。
まるで本物の人間と一緒のように扱いました。
そんな日が何日も何日も過ぎた日でした。
女の子が母親からお使いを頼まれて、家に帰ってくると大変不思議なことが起きていました。
「おかえりなさい」
ドアの向こうに自分が立っていて、自分を迎え入れてくれてくれたのです。女の子は驚いて悲鳴をあげました。
その声を聞きつけた村人たちが女の子の家に集まって来たのです。
集まった村人たちも大変驚きましたら。
何故なら、女の子が二人いるのですから。
「違うわ! この子は人形なの!」
女の子がもう一人の自分を指差して、村人に訴えます。
「いいえ! 嘘をつかないで! 私が人間よ! 貴方が人形でしょ?」
女の子達の話を聞いて、村人達は急いで女の子の部屋へ向かいました。いつも、女の子が自分そっくりの人形と遊んでいる事は、誰もが知っています。
誰もが駆け足で、人形が置いてあるはずのところへ。
しかし、そこには何もありません。
いなかったのです。『誰』一人『なかった』のです。
「そ、そんな……」
村人達は震えた顔で愕然ともう二人を見比べました。
しかし、到底何方が人形だなんて信じられません。
二人とも、人間なのです。
どこから、どう見ても。
「人形は人形らしくまたその椅子に静に座ってて欲しいわ!」
「貴方が人形でしょ!? 貴方がこの椅子に座るべき人形なの!」
村人たちは困り果てました。
何方が本物で、どっちが人形か見分けがつかないのですから、仕方がありません。勿論、女の子の母親や、その人形を作った人形師までの誰もが。
村人たちは困り果て、どうすることも出来ずに神様に祈りを捧げました。
すると、ピンクの髪のとてもとても美しい天使が空から降りてきて、村人たちに知恵を与えました。
「血が出たほうが人間ではないのでしょうか?」
そう天使が言えば、村人たちは女の子と人形を押さえつけてナイフで傷を付けました。女の子と人形の叫び声も聞かずに。
すると驚いたことに両方から血がでてくるではありませんか。
「まぁ。困りましたわ。そうね……。足か手を切り落として切り口をみたらいかがかしら?」
またも天使の言う通りにし、女の子と人形の足と手を切り落としました。
これで、どっちが女の子でどっちが人形かわかるようになりました。
人形はその後、人形師に修理されて切り落とされた手も足も治りました。
困った村人を助けてくれた天使は可哀想な女の子を癒すべく手を取って、また空に帰っていきました。
めでたし、めでたし。と、老婦人は手を叩く。
「ここはその天使様のために建てた教会なんだよ」
「……まぁ」
女は目を丸くして、口に手を抑える。
まあ、なんて素敵な物語。
その後、女は老婆に礼を言うと教会を出て愛犬を見る。
「お聞きになって? 私が天使ですって。ふふ。村人にとっては天使でしょうけど、あの少女は私のことを悪魔だと思っていた事でしょうね」
女は白い犬にむかってにぃっと口を歪めた。
「人形の手足は治ったけど、少女は一生手も足無くなった状態でいなくてはいけないんですもの。ああ。でも、物語の終わりも、少し脚色されていたんですっけ? 私が人を幸せにする事なんて出来るわけがないのに。可哀想な女の子。……あら。これでも私、少し反省してますのよ?」
女の言葉に、犬が首をかしげる。
「思いつきだけで提案してはいけないなっと、ね?」
女は天使か悪魔かわからない微笑を犬にむけた。
ただ、わかっているのは、足と手を失った少女がそこの教会で葬式をあげたのが人形と間違われてから3日目のことだったということだけ。
それだけだった。
おわり
天使が悪魔 富升針清 @crlss
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