こっ、これはまさかデートですか??


(てかアレって断罪イベントってやつだったんじゃね??)


 もちろんアレ・・とは先日の国内貴族向け来訪者披露パーティーのことである。

 断罪イベント、もう定型文みたいな勢い。私が死んだ後も流行っているのだろうか。

 もしアレがソレだったら私はめちゃくちゃ邪魔してしまったな。

(ねぇねぇ、とか言って割り込んで……。まぁ女の子が独りで責められてるのに見過ごせる訳もないんだけど? つーか今更感。終わりよければ、って思おう……)


「何を考えている?」

「え?」


 車窓に肘をついて私に問い掛けるハント公爵。そういう事を聞いてくるのは珍しい。

 今は公爵夫人わたしの部屋を模様替えするために、街へ出掛けている最中だ。


 模様替えはゆっくりで良いという私の意見を了承してくれたようで、詰め込んでいたスケジュールに少しばかり余裕が出来た。

 それでも帝国とのパーティーの打ち合わせや、ウエディングドレスやジュエリーなどのフィッティングがあるから暇ではない。本当にちょっと休む暇が出来ただけ。


 明日はパーティードレスの最終チェックもしなければならない。

 パーティーはもう四日後に迫っている。

 それまでに来賓の方の名簿も覚えなければならない。どんな仕事をしているのかもある程度頭に入れておかないと。

 いっそのこと外務大臣をずっと側に置いておきたいぐらいだ。あの人は人を覚えるのが得意すぎる。


 気分はまるでテスト前の中学生。目の前で生きていない歴史上の人物を覚えるのは得意でなかった。

(だから私的にはまだ会ったこともない人間を覚えるなんて結構ハードル高いんですけどー)


 マナーだって完璧じゃないのに。もしダンスにでも誘われてしまったらと考えると嫌すぎる。

 帝国の方が国力は遥かに上だから、いくら来訪者といっても簡単には断れないだろう。


「何をって……来賓の方の名前覚えないとなぁとか、カレンさん何してるのかなぁとか、明日はフィッティングかぁとか、ダンス踊らなきゃいけなくなったら嫌だなぁとか。色々です」

「多いな」

「そりゃあね。私ただの小娘ですから」

「ふん。……そう責任を背負わなくとも、誰もお前を責めたりしない」

「そうなんですよね、分かってるんですけどね。……やっぱそれなりに責任は感じちゃいますよ。気付けば私の四十九日も過ぎてるし、メグちゃんも言ってる通り私もこの場所が好きだけど、やっぱり友達や家族に会いたいです」


 なんで私はハント公爵にこんな事を話しているのだろう。この人と過ごす時間が長いからだろうか。

 いつもと違うことを聞いてくるから、私もいつもと違う私になっている。


「お前の気持ちが、分からなくもない。……私も、父と母に会いたいと、今でも思う」


 寂しそうに、励ますように、微笑むハント公爵。

 彼も大切なものを失ったひと。

 生まれた世界や場所や環境も、何もかも違うけど、私たちはどこか似ているのかもしれない。


「ごめんなさい、しおらしくなっちゃいましたね……!」

「いや、気にするな。そろそろ目的の場所に着く」

「ほんとですか。思ったより結構静かですね」

「まぁ街といってもその奥の通りだからな」


 ほら、と馬車を降りる際添えた手は、吸い付くように馴染んで、なんだか温かくて心地良かった。

 古びた店構えに似つかわしくない公爵家の馬車を停め、邪魔するぞと挨拶するハント公爵。

 店番の娘らしき10代の女性は驚いているのか、一呼吸おいて「え!? ブルー様!?」と声を発した。


「え、ま、ままさか本当に来て下さるとは……! わたしっ、あっ、こんな格好でっ、店も掃除してないしっ……! 申し訳ございません……!」

「別に構わない。それに私はくだらん嘘などつかん」

「そそそそうですよね……!」


 知り合いですかと目線で問うと、先日のパーティーで知り合ったらしい。

 カレンから聞いたところによると、この国の地方にある草木染の織物と、別の地方の刺繍を施した生地を私が気に入っていたみたいだから、それを商いにしている名も知らぬような子爵家の方にわざわざ話しかけてくれたんだとか。

 知らぬところで女性の好みをリサーチするなんて、イケメンじゃなきゃ許されない所業だ。


「さっすが。女性にモテるだけありますねぇ」

「貴族の男なのだからそれぐらいは当たり前だろう。それに、誰も彼もにやるわけでは……」

「またまたぁ〜〜。それメルヴィンさんの前でも言えるんですかー? 普段からやってなきゃできないですよ〜」

「メルヴィンと比べるな。アレはかなり拗らせた結果だろう」

「ううん……確かに?」


 確かに比べるところが違ったなと思い会話が途切れた隙間に、「あ、あああのっ!」と子爵家の娘。


「千聖様に気に入って頂けたとのことなので家族揃って嬉しい限りです! 先日のパーティーではお話できなかったのですがミラー子爵家のアリスと申します!」


 私も改めて挨拶をした。

 表通りの華やかさはなくて、ずっと昔からあるような佇まいの店。地味といえば地味だが、言い方を変えると隠れ家的、だろうか。

 そんな店に垢抜けない娘がひとり。

 家族で経営している店の品は、自らの手で作ったものが殆どだそうだ。


 店内を回ろうとする私に「どうぞごゆっくり!」と勢い良く声掛けするのだが、ハント公爵に緊張しているのかかなりソワソワしている。初々しい様は神官のナナにも似ている。

 そんな姿も可愛いけれど、パーティーで公爵に話し掛けられたときはさぞ驚いたのだろうな。


「公爵様、じゃなくてブルーさん。驚くぐらいどれも可愛いんですが??」

「ふ、良かったな、好きなものを選べ。言っておくが値段は気にするなよ」

「そんな金持ちみたいな遊びしていいんですか……」

「この店ごと買ったって公爵家は潰れん」

「それはやばい。なんか怖いんで値札は見ないで選びます」


 どれもこれも織柄や刺繍が可愛くて見ていたらきりがないから、好きな色味を直感で選んだ。

 白をベースにして、グリーンやオレンジやイエローの織柄や刺繍。落ち着けて元気が出るような部屋にしたい。

 選んだ生地を絨毯用に仕上げてもらい、ハント公爵家に届けてくれるそうだ。

 可愛くて選べないから買う予定の無かったベッドカバー用まで買ってしまった。暇だからだいたい三日程で出来るそうで、今から届くのが楽しみでワクワクしてしまう。どんな印象になるだろう。

 因みに仕上げの作業は家族総出らしい。


 お疲れのハント公爵には申し訳ないが、今日という日を普通に楽しんでしまっている自分が居たのだった。

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