公爵の憂鬱【デートの誘い】
やっと終わったと凝り固まった首と肩を回し、自宅へ帰ろうとサンゴウの元へ行けばミハエルと彼女の姿があった。
彼女は私のサンゴウにちょっかいを出しているようだが、ミハエルはまるで家族にでも接するかの如く説教をしている。上司が真後ろで見ているのに気付かない。
面白がっているのか彼女はただその様子を眺めているだけ。
そういえばいつだったかも意地悪く眺めているだけだったな。
彼女らしいなと、そんな部分にさえ興味をそそられ、己はこんな単純な男ではなかった筈だと疑ってしまう。
私も彼女と同じく意地が悪いから、暫くミハエルの話を聞いていたのだが私より過ごした時間が短いくせに私よりも彼女を知っている風に説教をしている。
黙って聞いといてなんだが、気に入らないな。
まぁ言う通り口が悪いのは否めない。ただミハエルに説教させる筋合いはない。それに一体何を誤魔化している?
道中、野生動物でも捕まえて手懐けているのか?
彼女ならやりそうだな。けれどその姿をミハエルが見ていると思うとやはり気に入らない。
確かにミハエルは動物によく懐かれるし私ではそれを補うことはできない。
何故なら私は動物に懐かれないからだ。
動物的な本能で分かるのだろうか。他者と関わりを持つことを恐れているのが。
拒絶に近いバリアだったのに彼女のせいでそれが崩れてしまった。いや、彼女のせいではない。自ら崩してしまったのだ。
何にせよ、格好を整える為だとしても彼女に触れているミハエルは気に入らないから、少し驚かせてやろう。
そう思って意地悪く声を掛けたら腰を抜かして地面に尻餅をついてしまった。
護衛騎士ほど背後に気を付ける必要はないにしてもあまりに鈍感だ。以前から注意しているのに一向に改善されない。
だからこうして私然り団員達に毎度毎度驚かされる羽目になるのだ。
ミハエルは脱兎のごとく逃げて行ったのは言うまでもない。
「お疲れ様です公爵様。今終わったんですか?」
「ああ。再来週までにはその呼び方を直せよ」
「え?」
「お前も公爵になるんだ」
「あー、そうですね……じゃあブルー様?」
「様など要らん」
「じゃあブルーさん」
「……まぁ良い」
それではお前がミハエルやカイやアニーを呼ぶときと一緒ではないかと思うが、私自身、彼女をまともに名前で呼んでもいないのに相手に求めるのは筋違いだ。
私もいい加減『お前』ではなく名前で呼ばねば。
最初は心の距離を取るためだったが、まさかこうなるとは。
「明日、街へ行くぞ」
「は? 何で? お仕事じゃないんですか?」
「今日がこれだからな、副団長と休みを交代したんだ。明日は絨毯を買いに行く」
「え、そんな、疲れてるのに休んだほうが良いんじゃ……」
「お前に心配される程やわではない。今日休めば十分だ」
「そうですか……じゃあ、行きましょう」
また『お前』と言ってしまった。
半ば強制的な誘いのような気もしたが、彼女は嫌な顔ひとつせず受け入れた。
彼女はいつも誰かに合わす。
“モフモフがあれがそれで良い”なんて言っていたが、他になにかやりたい事は無いのだろうか。聞いたところでまだ右も左も分からない世界では悩ませてしまうだけだろうか。
少しでも良いから力になりたい。
こうやって普通に話して生活しているが、彼女は別の世界で死んだ人間なのだ。信じ難いし辛い事実だと思う。
ましてや見ず知らずの少女の身代わりになったというのだから尊敬に値する。
今は目まぐるしく変化する環境に慣れていくので一杯だろう。一年ほど経てば気持ち的にも余裕が出てくるはずだ。
結婚すればずっと一緒なんだからゆっくりで良いと、彼女も言っていた。
そういえばいつも誰かに合わす彼女なのにミハエルの忠告は聞かないらしい。
ふと二人のやり取りを思い出してしまって、またみっともなく部下に嫉妬するのだった。
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