愛しの冥府神と、年下男子。


「いやー! さすがミハエルさん! 魔物に舐められてるだけある!」

「千聖さんそれ全然嬉しくないですし褒めてもないです……」


 国内貴族向けの来訪者パーティーが終わってから二日。ブルータスに乗って神殿まで向かう私はご機嫌だ。

 何故かというと、ハント公爵が仕事でミスした部下の後処理のため、どうしても徹夜しなければならなかったから。

 だから仕方なく・・・・迎えに来てくれたミハエルと共に出勤している次第である。


 嗚呼、なんて素晴らしいのだろう。

 天高く飛び大きな翼を広げる鷹の魔鳥。角の先だけ魔素に染まらず茶色いままの鹿。元々の毛色なのか魔素で染まったのか判らない通常サイズの狸。

 そして一際目を引く完全に魔素に侵された魔犬たち。


「あぁあああアヌビス久しぶり元気だったぁ〜〜!!?」

「千聖さんこわいこわい! 色々な意味で怖いですよ……!」


 やはりハント公爵は危険だと分かるのだろうか。魔物ってこんなに居たんだなと改めて思い知らされる。

 アヌビスは以前見たときよりもまた一回り大きく成長しているではないか。グレート·デーンよりもすこし大きい。

 それに夏毛になったのか、首周りもよりすっきりしたようだ。艷やかな黒く短い毛並みは確かに毛皮も欲しくなるほど美しい。

 嬉しいんだよと千切れるほどに尻尾を振り回すアヌビスに、私も全力で撫で回して気持ちをアピール。


「ああ可愛いなぁもう!! 本当はお前の成長を見守ってやりたいんだけどなぁ! ミハエルさんこの犬飼っちゃだめですかーーっ!?」

「ななななに言ってるんですか千聖さんッ……! むしろ早く離れてくださいよぉ……!」


 ミハエルは様子を伺っている他の犬型魔物にマックス警戒心を出しつつも、狂った私に対し常識的な意見を提案してくる。

 ミハエルと共にこうして出勤するのも久し振りだし、アヌビスに会うのも久し振りだし、こんな風に焦るミハエルも久し振りだ。

 年下犬系男子のくせに自然にエスコートしてでも魔物には舐められるあたり、やっぱりズルい奴だと思う。

 もちろん提案されたミハエルの意見は聞きはしない。

 無視して、いままで我慢して頑張ったぶん思う存分撫でもふるのだ。


 ミハエルだけが知っているアヌビスの存在。ハント公爵が知ったらどう思うだろう。

 なんだかんだ言って、ミハエルは受け入れてこうして見守ってくれている。ハント公爵も受け入れてくれるだろうか。

 優しい人だし結婚するのだから、守りたい存在がいると正直に話せば協力してくれるかもしれない。


 けれど、本来ならば駆除しなければならない存在だ。

 騎士団長として、それを良しとしてしまえば団員に示しがつかない。私の要望と騎士団としての役割と、間に挟まれただ迷惑なだけ。ただでさえ疲れているだろうに。

 それで同じこと頭の中で堂々巡りして、結果、『自分で何でもやる』に至ってしまう。自分でやった方が色々と面倒じゃないから。

(メグを見習って言葉にしようとしてもなかなか出来ない……。頼らず生きるってのも大人なんだろうけど。まぁメグもある意味大人か)

 一生懸命笑うのも簡単ではない。


 ミハエルが「早くしてくれないと遅刻する」と急かすので、名残惜しすぎるがアヌビスと遠くで様子を伺う愉快な仲間たちにお別れの挨拶をした。

 アヌビスも名残惜しいのかそれとも遊んでいると勘違いしているのか、ブルータスに並走して尻尾を振るものだから我慢できなくてもう一度抱きしめもふったら生意気なことにミハエルに怒られてしまった。



 ******



「ミハエルさん。アヌビス母の名前考えました。ネフティスです」

「はい? 何言ってるんですか急に」


 城に着き、馬小屋へ向かいながらミハエルにそう言った。

 〈アヌビス母〉じゃあ呼びにくいから何か名前をつけようと考えていたのだが、単純にアヌビス神の母親である〈ネフティス〉にしてみた。

(まぁ見た目はネフティス感ゼロだけど)


「ネフティスは私達の世界でエジプトって国があるんですけど、そこの神様です。葬祭の神様。因みにアヌビスは冥界の神様です」

「ひぇっ! やめて下さいよぉ〜そんな物騒な! 千聖さんが冥界に連れてかれでもしたらどうするんですかぁ!」

「んな大袈裟な〜」

「大袈裟って言いますけどねぇ! 私は毎度毎度生きた心地がしないんですよ!?」


 姉にもこんな風に怒るのかなぁと聞くふりして聞き流し、私はブルータスを小屋へと入れる。

 隣にはサンゴウの姿。

(あれ、まだハント公爵様居るんだ。仕事終わんないのかな)


 ぐちぐちとどこかの誰かに叱るミハエルはとりあえず放置して、「お前も待ちぼうけくらって可哀想にねぇ」とサンゴウの鼻先をちょいっとつつくと擽ったそうに頭を振った。

 凛々しい芦毛の馬だが、やはり動物は可愛い。


「千聖さん!? 聞いてないでしょう!」

「やだなぁ。聞いてますよー」

「姉達と同じですからすぐ分かりますよ!? 団長も可哀想な方ですよ!」

「はいー? どういう意味ですかー?」


 おいこらとミハエルの方を向けば、眉間に皺を寄せ目の下に少しばかり隈を携えたハント公爵がずんずんと近付いてきている。

(お仕事終わったんだ。見るからにめちゃくちゃ疲れてるな。てかミハエルさんは本当に背後が弱い……ぜったい驚いて腰抜かす……)


 真後ろで未来の夫が聞いているにも関わらず、口が悪いだの、人の忠告は聞かないだの、色々誤魔化してるのに自分と動物の扱いの差が酷いとか、平気で土まみれになって動物の毛だらけになるだのそれを払う人の気も知らずにだとか、散々言った挙げ句、「全く! 心臓がいくつあっても足りませんよ!」と言い放った。


「ほう、随分と人の婚約者に詳しいようだが」

「!!!!!」

「もう驚きすぎて言葉になってねぇ。さすがミハエルさん」


 このあと目にも留まらぬ速さで逃げたのは言うまでもない。

(今度からミハエル·シューマッハって呼ぼうかな……)

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