公爵の憂鬱【独占欲】
「公爵様の瞳とおんなじ色ですね」
今日の為に仕立てられたドレス。
裾をつまみ、彼女は言った。
ウエストから広がるAライン、デコルテが美しく映えるバレリーナネック。ロイドの痕跡は綺麗に消えていた。
柔らかなチュールが夏らしく夜風に揺れ、あまり肌は出したくないのかシースルーのロンググローブをはめている。
シンプルなデザインなのにどうしてこうも輝いているのだろう。
裾に散りばめられた花弁の粉だけではない、彼女自身が輝いて見える。私の色に染められて、隣に並ぶのかと考えるだけで高揚してしまう。
美しいよと、素直に言えたらどんなに楽か。
けれど真実を口にするのは怖い。
城に向かう馬車の中で彼女はいつものように窓の外を眺めているが、どこかいつもと違う様子。
体調でも悪いのかと問えば、呼吸とも相槌とも取れる溜息をひとつついた。
「はぁ……まぁ悪いといえば悪いかもしれないです。これでも緊張してるんですよ?」
「緊張? お前が?」
「失礼な。私だって緊張ぐらいしますよ。これでも一応現役JDだし? それにおもりもあるし……公爵様にも恥かかせちゃいけないと思って、なんかもうストレスが……」
「じぇーでぃー? はよく分からんが……私のことは気にしなくて良い。普段通りのお前で十分だ。どうしても不安なら私を呼べ。合図を送ってくれれば駆けつけよう」
「ジョシダイセーです。ふふ、でも、ありがとう御座います。そう言ってくれると遠慮なく頼れます」
──そう言っていたのに、彼女はまた一人でこなしている。
いつ合図を送られても良いよう視界に入る範囲で行動はしているものの、普段の彼女と変わらず、多くの人間に合わせている。
カレンはもちろん、あざとい伯爵令嬢のレイラ、幼少の頃から気付けば側にいて恐らく私に好意を寄せていたであろう侯爵令嬢のメリンダ、一家揃って捻くれて性格が悪いと噂の伯爵令嬢シルヴィア。誰であっても態度も対応も変えない
わざわざ彼女に寄っていくのは噂好きの令嬢だけではない。ついこの間話し合いをしていた外務大臣や騎士団員のミハエルに神官のグレン、見違える男になったメルヴィン、懲りない餓鬼のロイド、厨房からわざわざ顔を出したリカルド。
リカルドは普段ホールには顔を出さないので、一瞬で令嬢たちの視線を奪っていった。
立食の品で彼女の故郷の料理をアレンジされたものが出されていたようだが、それを知ったときには既に皆が平らげていた。恥ずかしながら食してみたかったなと悔やんでいる。
それだけではない。
彼女自身が自ら声を掛けるのは、侍女見習いで登城している子爵令嬢や、神殿で共に研究している仲間、料理やグラスを運ぶメイドに出入口を警護している護衛騎士、一体どこまで慕われれば気が済むのだろう。
位の高い者たちとばかり会話しているメグとはまるで正反対だ。
メグ自身それには気付いていないようだが、殿下と同等レベルの来訪者に話し掛けるのでさえ躊躇ってしまうのが普通。
そして本心で話してもない高位の令嬢達に囲まれ、他との関わりを失ってしまう。
今やファッションリーダーでもあるメグだから、見ているだけで良いという人も居るのだろう。
気さくな彼女を見て恐る恐る話し掛ける輩も居り、気が付けば顔も知らぬ夫人や令嬢達に囲まれていた。
とくに心配なさそうなので少し目を離していたのだが、今度は男たちに囲まれている。
先程同様、年齢も様々だが囲んでいる男達の目が気に入らない。よく気が付く彼女だが、その目に慣れているのか気にしていないようだ。
いくら婚約していると知っていようが婚約はただの婚約。
アーサー殿下のように心が奪われればそれまで。間違って手でも付けられたら堪まったものではない。
そうなれば、私との結婚自体無くなるだろう。
きっと彼女にとって、私はその他大勢と同じ。
平等に扱われる人間たちの、内ひとり。
だから苦しい。
「そろそろ時間だ。陛下の元へ行くぞ」
「公爵様、けど少し早くないですか」
「陛下だってお前と話したいだろう」
「そう、ですか?」
我慢ならないから、言う通り少し早いが囲まれている彼女を連れ出した。
以前メルヴィンに腕を掴まれ恐がっていたから、できるだけ優しく肩に手を添える。腰に手を回すまでの勇気はない。
自分のものだと見せつけるような性格ではないからだ。
陛下の御言葉が終わり、ほっと安心する瞳を向けられ私も同様に安心した。
こんなパーティーなど早く退散して人の目から彼女を遠ざけたい。
まさかこの後あんな事があり、あんな彼女を見るとはこの時まで思ってもみなかった──。
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