ちょっとキレて来ようかなっ
時が流れるのは誠に早う御座います。結婚を決意してもう一週間が経ちました。
この宇宙において“時間”なんてものは存在しないんだと言いますが、流れには逆らえません。一体ナゼわたしが頭の中でこんなことを考えているかというと。
(それはメイドにそしてハント公爵様がずっと一緒に居るから……!)
一週間前──。
メイド長のイザベラからこう言われた。
「来訪者披露パーティーが二回、その後には式も控えておりますので私達メイドは千聖様のお身体を完璧に仕上げる必要が御座います。我が
ものすごく嫌だがそれは納得せざるを得ない。
公爵家のメイドは仕事を放棄しているのかと他人に言われたくない。そりゃあ私に断られたって仕事をするだろう。
けれどハント公爵は何なのだ。
決めなければならないことが沢山あると理由を付けて朝食や晩餐まで共に頂く様になってしまった。
ドレスの生地決めから式の場所や参加者や構成、部屋の準備や家具の買い替えetc、etc……。
(うざい! ドレスなんて何でもいい! オーダーメイドしなくていい! 既製品買ってくれよ! 面倒だから式には親族以外誰も来なくていい! けど貴族だからそうも言ってられないし、あぁもう急にそんな絡まないでっ! ひとりにしてっ……!)
家具の買い替えなんてイチバン要らない。それは今するべき事なのか。
公爵夫人として新たに住まう部屋は確かに私の好みではないと申したが、果たしてそこまでする必要はあるのか。ゆっくり少しずつ変えていけば良いじゃないか。どうせ結婚したらずっと此処に居るのだから。
あぁでも貴族の男が妻を迎え入れる際にはなるべく新しいものに替えて、貴女を迎え入れる準備をしたんですよ貴女の為に、という意思表示もあるのだっけ。
物を
面倒臭がって準備しなければ、いつか私が貴婦人のお茶会に呼ばれて「どうだったの?」と聞かれた時に、公爵家の名を穢すか、一生嘘を吐くかのどちらかになる。
(でもやっぱり一気には疲れるからとりあえずカーテンとシーツぐらいだけ買ってもらおう……あ、あとマットレス……もう少し硬いのが好み……)
そんなこんなありまして今日がやって参りました。国内貴族向けの来訪者披露パーティーです。
本当に気を遣う一日でした。
普段見慣れた顔の方々以外にも多くの人に話しかけられ、その知らない多くの人たちと会話をするというのはストレスでしかありません。これが予行演習だというのだから考えるだけで寝込みそうです。
陛下から皆様に向け、私たちの結婚のご報告を伝えられ、ハント公爵と二人並んで立ちます。
彼の瞳の色に合わせたドレス。蓄光する花弁の粉末を散らした生地はダイヤでもないのにキラキラと輝いている。
これが済めば一旦終わり。
そう。この挨拶が済みさえすれば。
陛下も部屋に戻るし、良い子も高齢者も寝る時間。
シンデレラの魔法がとける時間まで楽しみたい若者はそのまま遊べばいい。
けれど私は疲れた。
同じ来訪者としてメグのフォローになかなか体力を費やしたが、だからこその予行演習。
仕事はこなした。頑張ったぞ自分。良くやった。
──国王陛下の御言葉が終わった。
皆で陛下をお見送りしたあと、「終わりましたね」と公爵に瞳を向ければ、「あぁそうだな」と安心した瞳。彼もきっと疲れただろう。
さぁて早いとこお暇してやろうかと考える私の視界に入ったのは、螺旋階段を上ってくるアーサー殿下とメグの姿。
(おい待て、何しに来た)
「皆に問いたい──!」
踊り場で声を大にして問い掛けるアーサー殿下。その手はメグの右手をしっかりと握っている。
正義に溢れた瞳の王子と不安げなメグ。
頭を抱えるハント公爵と少々怒りの感情を抱くわたし。
(皆に問う?? は?? 何をですか?? つーか今ですか。ふざけてんですか)
「私は! 愛を見つけた!」
「アッくんやっぱり……」
「メグは隣りに居てくれれば良いから。私は皆の意見を正直に聞きたいのだ」
「うん……」
「私は初めて我が国に現れた来訪者メグを心から愛してしまった! カレンが王妃として父に必要とされているのは分かっている! 申し訳ないことをしたことも……!」
大ホールには今にも息が止まってしまいそうなカレンの姿がある。
その周りには、見世物を愉しんでいる貴族と、呆れて物が言えない貴族、感心した様子で見守る貴族。
「けれどどうだろう? メグは王妃に向いていないか? 私はメグのカリスマ性と発信力はこの小さな国の上に立つには十分だと考える! いつも笑顔で明るい未来を作ってくれると! もし私の言葉が間違っているならば教えてくれ! そこのお前はどうだ!? メリンダ令嬢!」
「え、え、わたくしですか……? っその、メグ様は愛らしくいつも笑顔で接して下さるのでわたくしも元気を頂いております……。それにメグ様は殿下の仰る通り大国に囲まれ目立たないこの国にとっては羨ましいほどのカリスマ性をお持ちかと……わたくしだって真似をして…………あ、あの、けれどカレン様だって貴族令嬢としてとても手本になる存在でして頭も良いですし……その、」
それからも名指しで答えさせては愛がどうたら夫婦は信頼関係がどうたら。
馬鹿正直な殿下の言いたいことは分かるのだけど、つまりはメグを愛してるからメグと結婚したいという話でしょう。馬鹿正直な殿下だから皆の正直な気持ちが知りたいのでしょう。
それを馬鹿正直に皆に聞いてどうする。
こいつは本当に馬鹿だな。
色恋沙汰で酸いも甘いも経験してないからこんな子に育ってしまったんだな。答える側にも気を遣わせて、可哀想に。
(つうかいつ終わるんだよ! 私は帰りたいんだよ……!)
「ねぇねぇねぇ。それココでする必要ある?」
だから、我慢出来なくてつい口を挟んだ。
ハント公爵はこれ以上ややこしくするなという顔をしている。気が済むまで言わせておけ、と。
けれどこの馬鹿に喋らせてたってカレンが可哀相じゃないか。そして私は帰れねぇ。
「おっ、お前には関係無いだろう……!」
「はぁ? こちらの台詞なんですけど。私達に関係ない話をお前が勝手にしてくんだろ?」
「な、なななな、そ、その、口は! 口の聞き方は……!」
「なに? もっとまともに喋って? つかそもそも己の愛した人間の話を何故ココでする?」
「ッ、それはっ……! 私が王子で! 結婚すれば王妃となり皆にも関係があるからだろう……!」
「だから何? ココで話す必要あんのかって聞いてんの。つうか聞いてどうすんのって感じ。もう既に愛してるんでしょ? それ止めらんなくね? じゃあ意味無くね?」
「だッ! だからその口の聞き方はッ……!」
「ってかそもそも順番違くない? 先ずカレンさんと話し合えよ。仮にも婚約者じゃん。こんな公衆の面前でさ。公開処刑かよっつー。人殺したわけでもあるまいし。親御さんにも失礼だろ」
「私達の婚約は……! 国王である父が決めたことであって、私が勝手に婚約を白紙にすることは許されぬ! だから皆の意見を聞こうと……! それは最初に言ったであろう! 貴様こそ私の話を……!」
「え、お前こそ私の話聞いてた? つか結局親のせいかよ。ウケる。親が決めたから自分はどうにも出来ない。あっそ。じゃあお前のお父さんと話してくるから」
「なっ、何を勝手な……! おい! ちょっと待て……!」
「いや待たないから。追いかけて来んなし。婚約は勝手に決められた事だからって? 好きだとか愛だとかの前にそもそもカレンさんを幸せにする気なかったってこと? 何それウザくね? 幸せにする努力ぐらいしろよ。努力して無理なものはしょうがないけどさ。相手には誠意を持てよ。王子なんだろ? 産まれたての餓鬼じゃあるまいし」
「ッ…………」
「あ、ごめん餓鬼か。色んな意味で」
更に頭を抱えるハント公爵と今にも泣きそうなメグ、そして追い掛けてくる殿下。
どっかの馬鹿殿下とは違い大声なんて出していないから、きっと私の口の悪さは皆の耳には届いていないだろう。
皆の視線は痛いが、ただ、そう願う。
(えーーっ。聞こえてたら結構エグぅー……っ)
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