チームとして。+チームの小話


「千聖さんっ! おはよーございますっ! あとハント公爵様もおはよう御座います」

「グレンか、お早う」

「グレン君おはよう! 朝方の土砂降りが嘘みたいだね!」

「ホントですね! 千聖さんが来れなかったらどうしようかと思っちゃいましたよ!」

「全く。お前のその明ら様な態度はどうにかならんのか」

「はい? わざとですけど? 公爵様に今更愛想良くしたって何にもなんないし」

「まぁまぁ……」


 水たまりが朝日にきらきらと反射する夏の朝。

 雨水は国の地下深くに溜まり、やがて我々の身体へ還ってくるだろう。

 自然の多いここルースト国は、夏の時期になるとよく霧に覆われる。昼間の日差しと夜の冷え込みで朝日が昇りきるまで洗濯物も外には干せない。一寸先は霧の中。


 そんなときに役立つのが蓄光する花々だ。

 中でも空気中の水分に反応し発光するミネアリアは、この国の国旗にも描かれているほど国中に咲く花。

 霧に包まれた夏の朝方は、ミネアリアの淡いオレンジ色の花弁が周囲の水分に反射していつも見慣れた道でさえ夢の中を歩いているのではないかと紛うぐらい幻想的になる。


 今日はそんな楽しみが恵みの大雨で漂う水分達は地に落ちていった。大粒の雨が当たるたびミネアリアはチカチカと強く発光して眩しいぐらいだ。

 ブルータスの脚もサンゴウの脚も泥で汚れてしまったが、空には大きな虹が架かっていたので今日は良い日に違いない。

 ハント公爵は終わる頃に迎えに行くからなと“いつも通り”城門で別れの挨拶をし、グレンを睨みつけて執務室へと向った。


「なんか最近千聖さんが登城するときいつも居ません? あの男」

「あはは……ね、なんでだろう。結婚するから私が迷惑かけないよう見張ってるんじゃない?」

「そうかなぁ。それより千聖さんっ……! 本当にホントに結婚しちゃうんですか!? 神殿に来る回数減っちゃうじゃないですかっ! 今でさえパーティーの打ち合わせだか何だかで全然来てくれないのにっ!」

「ご、ごめんて。私だってただの家庭薬だった化粧品をちゃんと製品化したいんだよ……?」

「うぅう……! 公爵ムカつくっ! 僕と結婚してたらいつまでも家に帰っても研究出来るのにっ!」

「えぇえ……? グレン君ったら極端だなぁ……」


 研究に対する狂気的な好意を交わしつつ神殿へ着くと、新人神官のナナ·シルビアは既に研究の準備を進めていた。

 材料や参考書は丁寧に机の上に出されている。


「もうっ! ナナったらいつも言ってるでしょ! 準備も片付けも皆でやるの!」

「あ、おおはよう御座います、グレン先輩に千聖さん! 私にはこれぐらいでしか皆さんに恩を返せないので……。それに貴族の方に準備していただくのはやっぱりなんだか居心地悪くて」

「恩は研究で返してくれればいいの!」

「おはよう。ナナちゃんは相変わらずだね」


 未だ己が平民だからという考えが抜けないナナ。

 ナナが生まれた伯爵領の領主は典型的な性格の悪い貴族だったらしく、そういう考えになっても仕方がないのかなと思う。

 グレン達が在り方を変えていけば、たったひとりの平民でもきっと多くの人に伝わるだろう。

 因みにその性格の悪い伯爵家の娘はグレンのチーム目当てで、その場所をナナに取られたためひとつ下のチームに所属したらしい。


 現在の研究は、参考書通りに化粧品を作っていき、そこからテクスチャや香りなどいくつもサンプルを作り実際に試してみるというなかなか面倒な作業だ。

 神殿で研究し製品として出すならば長期的な結果も求められる。

 面倒だから、いままで製品化されず家庭薬のままだった。

 国内で売るならまだしも、輸出するとなったらそれなりに基準をクリアせねば国に対する信用度が下がるだけだ。

 肌質は人それぞれだから難しいけれど、効果だけを求めて製品化されたものと、決められた予算の中で製品化されたものとではやはりターゲットも商品の質も異なる。


 この国で製品化し輸出するなら前者になるだろう。

 大手化粧品メーカーに勤めていた母親がここに居れば素敵な広報活動をしてくれたのに。

(サンプルを持って帰ってくれるお陰で目も肌も肥えてしまったんだけど……。そして私の使用感ももれなく仕事の参考にしてるところはさすが母、抜かりがない)

 因みに私はサンプルの改善点や配合の割合などを紙に纏める役割。自分で言うのもなんだが結構役に立ってると思う。


 このチームは雰囲気が良い。

 チーム長のグレンが選ぶ人材は、チームにおいてそれぞれ絶妙なバランスを保っている。

 人を見る目があるんだねと以前直接褒めたときは、「薬と一緒です」なんてグレンらしい答えが返ってきた。

 ナナは一体どんな成分だろう。そして其処には私も入っているのだろうか。


 いつのまにか今度開かれる国内貴族向けの来訪者披露パーティーの話になり、そういえばいつも白衣姿で会うからチームの皆がドレスアップしている姿は想像出来ないなという話題で盛り上がった。

 とくにグレンは白衣と透明なゴーグルとすこしの寝癖が標準装備だもの。


「僕パーティーなんてきらーい。女の子の相手するの面倒くさいし」

「グレンさん贅沢ですね」

「俺なんて必死なのに……!」

「へー、グレン君ってやっぱモテるんだね。さすが侯爵家長男! てか本音が本気で贅沢。そんなグレン君もちょっと見てみたいな〜」

「千聖さん面白がってるでしょ! でも千聖さんのドレス姿見られるなら僕もパーティー楽しみかなー」

「んまぁグレンさんってばお口が達者だこと。だから娘たちが勘違いするんですよ!」

「俺にもおこぼれ欲しいっす」

「お前は内面を磨けよ」

「ねぇ千聖さん! ドレスってどんなデザインなの!? 乙女としては気になるんだよね!」

「えー、わたし人任せなんで……詳しくは分かんないんですよね〜……。似合う色でシンプルなデザインとは伝えてます」


 じゃあ当日の楽しみね、と歳上の女性神官。

 ハント公爵との婚約パーティーは、私自身まだ把握できていなかったしそれに付き合いのある家や人が多かっただろう。

 今度のパーティーはほとんど王命みたいなもので(予行演習も兼ねてるからだと思う)、まだ会ったことのない貴族にもこれで顔が割れてしまう。

 出来れば私だって出たくない。でも主役みたいなものだから出ないわけにはいかないのだ。

(ストレスでお腹痛くなりそう……)


「ナナちゃんは? 何色のドレス着るの?」

「えっ……と、ナナは行けませんので……」

「え、なんで? なんか予定があるの?」

「千聖さん、ナナは貴族じゃないから参加する資格がないんですよ」

「あ……そっか……えと、ごめん、そんなつもりじゃなかった。ごめんね、厭味ったらしくなっちゃったね、ほんとゴメン……」

「いえ! わざわざ謝るほどでもっ! お気になさらず! 身分の交わる場所ですから慣れてますので!」


 全然喋らないナナに気を回したつもりだったが、そうだ、ナナは貴族じゃない。貴族じゃないから、パーティーには出られない。ドレスなんて、着られない。

 貴族という謎の壁をこういうところで感じさせられるんだ。


 軽率だったなと内心落ち込む私に、「えへへ」と笑うナナが眩しかった。

 ここには差があるんだと、お互いの立場を受け入れ前に進むしかない。無いものを持っているから相手が羨ましくそして助け合うんだ。

(きっとこのチームが、そういうチームなんだろうな……。いい人たちだ)













「えへへ、よく考えたらナナ以外この研究室のメンバーは皆さん貴族なんですもんね! 少し羨ましいです。パーティーって、憧れます」


「あんなもの行ったって意味なんか無いよ〜。僕は逆にナナが羨ましいもん! あんなくだらないことやるより僕はここで研究がしたい!」

「さすがグレンさん……」

「俺たちも研究は好きですけどたまには着飾った令嬢たちを見たいですよ」

「ナナちゃん!! 貴族令嬢のパーティーは戦場なのよ!? ナナに戦う勇気はある!?」


「えぇっ!? せ、戦場ですかっ……!?」


「そうよ! 見てよこの行き遅れて売れ残った貴族令嬢を!」

「ごめん既に令嬢とは言い難い」

「お前さすがに失礼だろ。こんなでもぴちぴちの27歳だぞ」

「いやキツイね。そもそもお前の方が失礼じゃねーか?」

「うるさいわね、あんたでいいから妻にしなさいよ。あんたより家格は下だけど金はあるわよ」

「だ、だだ誰がお前みたいな男爵家の長女……!」

「あら、伯爵家のくせして貧乏なんでしょう? 領地の使い方が下手なのよ。うちの父に任せれば借金だってすぐに返せるわよ〜?」

「かっ、金をチラつかせんなっ……!」


「お、お金の話はナナには分かりませんがっ……! 家など関係なくともお二人はお似合いだと思いますっ……!」


「「なっ……!!」」

「ナナちゃんやるぅ〜。18歳で結婚してる私からしてみたらとうに失った感情だね。つうか幻想。家のために結婚して子供も居て幸せだとは言えるけど、この10年妻を本気で好きになった事なんてないね」

「ほほほ、50年も経つと空気になるぞ。パーティーなんぞもうワシら夫婦は腰と膝が持つか心配だわい」

「アタシなんて50年経たずとも夫が何処にいるかも分からない存在になってるよ。どうせどっかの若い女と遊んでんだろう。興味も無いけどね」

「貴方がたはもう仙人みたいなもんですよ……」

「アンタもいずれそうなるんだよ!」


「うう、貴族様も色々大変ですね……。私達のためにその身を犠牲にしていただいて申し訳ないです、平民を代表して皆さんに感謝を述べます! ありがとう御座いますっ……!」


「「「な、ナナちゃん!(イイ子……!)」」」

「ハイハイ、分かったから片付けしてー。じゃないと僕新しい研究始めちゃって帰れなくするよー」

「「「今すぐ片付けます」」」

「ナナ。僕達は君みたいな国民に支えられてるんだよ。こちらこそありがとう」


「せ、せんぱい……髪型崩れちゃいますよ……」


「僕、今度のパーティーでこっそりお土産持ってくるよ。ナナは行けないけど、雰囲気だけでも、ね!」

「なら俺も何かとってこよ」

「わたしも!」

「飾りのひとつやふたつ無くなったって気付かないだろうしなー」

「なんならワシがこっそり忍び込ませてやろうか」

「それ貴方だから言える冗談ですよ」

「アタシの養子にしようか! そしたら堂々と胸張れるでしょう!」


「み、みなさんっ……! ご冗談は程々に! ですっ! でもありがとう御座います、私このチームに入れて幸せです! けど悪いことは駄目ですからねっ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る