夢か現か幻か


 結婚しようか、だなんて台詞セリフ、実際に言われてみると照れるもんだ。

 たとえそれが乙女が想像する情熱的でロマンチックなものでなくとも。


 いいのか、と聞かれたが此方がそう聞きたいぐらいだ。

 私で良いのだろうか。平凡な、こんな私で。1ミリも彼のことを好きでない私で。

 多少なりとも自分に好意を向けてくれる人の方が何かと都合も良さそうだが。

 愛だのなんだのと言われるのは嫌いらしいから、逆にそれが丁度いいのかもしれない。


 リカルド(パパ)と共にチヂミを作ってから二週間が過ぎた。

 その間、陛下は会う度に結婚について聞いてくるし、決断してほしいのだなと悟って公爵家のメイド長であるイザベラに聞いてみたのだ。公爵様と結婚して今と何か変わりますか、と。


 自身の世話は自分でするようになってからはめっきり会わなくなったイザベラ。顔を合わすとすれば、料理を運んでくるとき、あとはシーツを交換するときや掃除しているときにすれ違うぐらい。

 ある日の晩餐の際、思いきってそう聞くと、一瞬ピタリと動きが止まり「変わることなら沢山御座います」と公爵によく似た目付きで言った。


「まずは私達使用人に命令出来るようになります。公爵夫人となるわけですから千聖様は私どもの主です。あとはこのお屋敷の管理、庭に植える植物やインテリアの変更、許す限り増築やリフォームなども出来ます」


 へぇ、思ったよりも随分と融通が利くようになるんだなと感心していれば、「その分、茶会や夜会への参加、公的な場において適切な発言が求められますが」とグラスに水を注ぎながら脅かす。

 けれどそれらについては見ている限り千聖様わたしなら心配ないと、自分達はとうに千聖様わたしを迎える準備は出来ていますと、そう言ってくれた。


 どことなく、この公爵邸では疎外感を味わっていのだが、思ったよりも受け入れてくれており安心した。

 ハント公爵自体も、怖い顔で冷たい態度で他人に興味は無い面倒くさいのは嫌い、そんな感じのくせに陛下の言う通り何だかんだ優しい人だ。

 一緒に過ごして、それだけは分かっている。

(あとお酒飲んでも豹変しないこと。これ大事)


 だから、飼い主に似たこの屋敷の使用人も、何だかんだ優しい人達なのかもしれない。

 ただただ他人に心を開けない、不器用な人の集まりなのかも。類は友を呼ぶとはまさに相応しい言葉だ。

(あは。だとしたら私も呼ばれちゃったのかな。他人に上手く甘えられない自分も、そのうちのひとり……)


「千聖様が望むなら、公爵領の管理なども」

「領の管理?」

「単純に領地を美しく保つというのも含まれますが、魔物から得た収益・領の管理費・領民の税収、それらの運営管理です。とは言っても現在領地は過疎化が進んでおりますので税収は大した金額ではないかと」

「そう……ですね。公爵様の助けになるならやってみたいです」

「きっとブルー様もお喜びになるでしょう。最近は本当にお忙しいようで領地管理は一時的に執事のマルコが引き継いでおります。元々魔物駆除遠征や外遊などで領地に戻れない際はマルコが代わりをしておりましたが……最終確認と捺印はブルー様しか出来ませんのでご無理をなさる事もしばしばでした」

「まぁあの性格ならね」

「千聖様が夫人になられた暁にはそういったことも無くなるでしょう」

「はい。そうなるよう頑張ります」


 まるで母親のように心配して、私が手伝う意思をみせると、ほんとうにすこし、見逃すほどに少しだけ、笑った。

 あぁやっぱり飼い主に似るんだなと、そう感じた。

 最後にイザベラは「婚姻を結ばれてからで構いませんがその丁寧な言葉遣いも直していただきますのでご容赦下さい」とひとこと添えられて、己の仕事へと戻っていった。


 現在は執事のマルコが引き継いでいるという領地の運営管理。

 単純に公爵様の手伝いができればいいなと思った反面、アヌビス達を守れるのではないかと考えた。

 この領地の魔物駆除まで一年はある、その間も安全という訳ではないから早めに領地運営を覚えたほうが良さそうだ。

 その為にはまず結婚しなければならない。

 本当に自分が結婚するなんて想像できないが、キモブタオヤジみたいな相手じゃないだけマシだと思う。

(逆にスペック高すぎて引くやつ)


 そんなことがあり結婚の話をされて早二週間、私は結婚を決めた。

 歳はまだ21、一度死んでから約四ヶ月、この世界のこの国しか知らない、この国でさえほんの一部しか知らない。

 もふもふが居ればそれでいいって、結婚なんて微塵も考えたことなかったのに、結婚する。

 私の人生がこんな人生だと誰が思い付くだろう。


 酒でも飲まなきゃやってらんねーわと、グラスに注がれたグリューワインを飲み干した。

 夢かうつつか幻かわからない、温かく優しい手が、わたしの頭を撫でた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る