log__カレンの足枷
「陛下、単刀直入に言わせて頂きます。アーサー殿下とわたくし、カレン·ハーディーとの婚約を解消させて下さい」
「そう……だな、もちろんだ。結局カレン殿には迷惑ばかり掛けてしまった……」
──遡ること10分前。
千聖とブルーの結婚が決まったと報告を終えたあと、国王であるオースティンは、カレンの父であるグレイブ·ハーディー公爵と部屋で話し合っていた。
その内容は言うまでもない。アーサーとカレンの婚約についてだ。
まずは王として、同じ父として、大切な娘に重責を背負わせてしまったこと大事に扱ってあげられなかったことを謝罪した。
その後に慰謝料についてだ。
自分達の想いや娘の頑張りを金で解決させられるのは腹立たしい話だが、グレイブだって大事な娘の事とはいえ国のための婚約だったことぐらい理解している。その身を犠牲にすることが貴族の務めだとも。誠意ある謝罪にこれ以上怒ったって仕方が無いことも。
金でしか、解決できないことも。
実に大人な対応はカレンの親だけある。
幸いカレンにはアーサー殿下と婚約していたのにも関わらず、二年ほど前に帝国の侯爵家から婚約の打診が来ていた。
それは今でも続いている。
帝国で二・三度会った程度でグレイブ自身あまり印象は無いが、カレンと妻はよく覚えているらしい。
娘のカレンは今更こんな女が頷いたって迷惑なだけだと言っているが、父親からみると相手は真剣そのもの。アーサーよりよっぽど嫁に出したいぐらいだ。
そして慰謝料の金額を話し合っているその時だった。
来訪者の天宮千聖が部屋を訪ねてきたのは。
いつもより目つきが鋭く結婚を決めた相手、パートナーのブルーと似ていた。後ろには何故かアーサー殿下を連れている。
国王とハーディー公爵が二人で居ることに驚くアーサーだが、それを理解するまでの時間は無かった。
「千聖殿!? アーサーまで、なにか、問題か……?」
「ハッキリ言わせて頂きますと貴方の息子頭おかしいです!」
「貴様、父に向かって何を……!」
詳しく話を聞くとなんとも頭を抱える話だ。
冷静に話し合っていたグレイブも怒りが湧き上がっている。
これは親同士が話しあったってホールに残されたカレンの心は晴れないだろうと思い、改めて国王と息子のアーサー、その婚約者であるカレンと父親のハーディー公爵と共にイチから話し合う事となった。
今思えば初めからこうしておけば良かったのかもしれない。
そして冒頭に繋がる。
国王として父として、何故そんな事をしたんだとアーサーを叱ったが、返ってきた答えは、「父上が国民の声を聞くようにと仰ったので」という言葉だった。
グレイブは娘を公開処刑のように晒され声を荒らげそうになったが、カレンはもう全て諦めたようで乾いた笑いを吐いただけだった。
ホールでの出来事で既に、ぷつんと、何かが切れていた。
それは、千聖に近い何かだった。
「あぁ……殿下は本当に。その真っ直ぐで正直な性格は確かに信頼の置けるものです。わたくしが殿下の臣下であるなら多少頭を抱えても支えたでしょう。けれど、伴侶は無理です。ずっと我慢してきました」
その言葉に「全くもって返す言葉が見つからぬわ」とアーサーの父、オースティン。完全に頼れはしないが憎めない性格なのだ。
アーサー本人はなんだか馬鹿にされていると理解し、少し不服そうだ。
「陛下、まずわたくしはちゃんと伝えておきたいことが御座います」
「遠慮なく申してくれ」
どんな言葉でも受け止めようと背筋を正した。
侮辱や蔑みでも、今まで己が押し付けてきたものを全て突き返されるんだと、覚悟をもって。
けれど目の前に座り、真っ直ぐ前を見据える彼女は四十後半の自分よりもよっぽど大人だった。
さすが私が選んだ未来の王妃だと、感心させられた。
同時に惜しくもあり悲しくもある。
「わたくしは陛下のされたことが間違ったことだとは思ってはおりません」
「なん、だと……?」
「わたくしは貴族です。公爵家に生まれた娘。貴族に生まれたからには己の身を犠牲にしなければなりません。身を粉にして働いている国民の代表だからです。この命を持って償える事ならば償うべきだと思っております。そして私は
「カレン殿……」
「ですからわたくしは今まで自分のことを道具だと思って生きて参りました。国民を、この国を支えるため、わたくしはその為に命を授かったんだと」
なんと強い自己犠牲か。
オースティンは目の前の娘に思わず涙が出そうになった。
なんて酷い責務を背負わせてしまったんだと。カレンが居れば、居てくれればなんとかなるだろうと、自分もカレンに頼っていた。
眉間に皺を寄せるカレンもまた、涙を堪えているようだった。今まで我慢してきたもの、全部、またここで溢れてしまいそうで、必死に我慢した。
その信念だけはアーサーと同じだった。
「けれど千聖さんはわたくしにこう仰っいました。今度はあなたが幸せになる番だと」
「千聖殿が?」
「はい。そこでわたくしは気が付いたのです。わたくしは物ではないと。ひとりの人間なんだと。わたしくしも、幸せになって良いのだと」
ハーディー公爵は、父グレイブは涙を堪えきれなかった。
今まで大切に育ててきた娘。幸せになってほしいのは当たり前だった。
生まれた血筋のせいだという言い訳すら虚しい。
己の妻だってそうだ。嫁ぎたくもない男に嫁がされ、公爵夫人として生きるしかなかった。今でこそ仲はいいが、どれほど我慢して自分の元へ来たのだろう。
「殿下。わたくしと殿下は似ていると思います。国の為に、国民の為に、やり方は何とも言えませんが、行動できること自体素晴らしいと思います。だから今までやってきました。けれど、わたくしもひとりの女。恋や愛に憧れを持つ乙女です。これでも貴方のことを好きになろうとしたんですよ?」
「そう、なのか……? お前が?」
「ええ。まぁ無理でしたけど。殿下
「カレン……」
「この国を馬鹿にされないよう立派な王になって下さいね。まだまだ先のお話でしょうけど。あ、あと陛下、慰謝料は金貨850枚でお願い致しますわ。わたくしもこんな歳ですもの、安いものですわよね?」
「う、うむ、分かった……それで手続きしよう」
国王オースティンは婚約の書類と金貨850枚を従者に持ってこさせ、両家共にサインした。
これで二人は赤の他人。
ただ一緒に明るい将来を描こうとしていただけの人。
カレンは、何も後悔していなかった。
悔しさはいつの間にか嬉しさに変わっていた。
「これで、終わりなのね…………。お父様っ! ガルシュタイン様へお返事を出して! もちろんイエスと! わたくし、帝国へ行きます!」
「ちょ、ちょっと待て、まだ流石に今日の明日では、」
「いいえ! 遅すぎたのよ! わたくしは怖がって引き千切れなかった。あぁなんて素晴らしいのかしら。生まれてずっとついていた足枷が今まさに外れたのよ! 自由なんだわ!」
「カ、カレン殿……?」
「あはは! わたくしは自由なのよ! 淑女の鑑なんてやってる場合じゃないわ! この金貨で欲しいものを沢山買うの!」
アーサーが今まで見たことのない笑顔をカレンはこれでもかと最後に見せつけ、ハーディー家は我が家へと帰って行ったのだった。
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