公爵の憂鬱【馬車の中にて】


 彼女はやけに落ち着いた女だった。

 初めてこの地へ現れたときも恐ろしいぐらいに動揺していない。

 少し前に現れた女より扱いやすく、状況を誰よりも早く理解し成すべき事が分かっているようだった。

 頭が良い、というよりは肝が座っているのか。

 迷惑を掛けるだろうと思ったのか痛みさえ我慢していた。煩くて我儘なメグとは全く違う。


 けれど笑わない。愛想笑いのひとつもしない。

 しかしそれは私にだけだった。

 ミハエルとはすぐに打ち解け、王城勤めのアニーや、騎士のカイにも普通に笑い、会話していた。

 あまつさえ、あの煩く喚くメグにもまるで包み込むように優しく接した。

 けれどやはり私には笑わない。


 周りには媚びを売る貴族の女たちばかりだったから、それが新鮮だった。

 メグは来訪者ということもあり私より立場が上だから面倒だったが、彼女が愛想を振りまかない人ならこちらも気を遣わなくて良い。事務的に接すれば、それで物事が進む。

 半ば無理矢理の婚約も素直に受け入れ、私に媚を売っていた女達に嫌味を言われても軽く受け流していた。

 怒るとか、やり返すとか、そんな感情は感じられず、ただ興味が無いように思えた。


 馬車の中。初めて、たったふたりだけの空間。

 彼女はただ窓の外を眺めていた。

 ──「はぁ……」と、溜息をひとつだけつき、それ以外何も喋らなかった。

 私にとって余計な話をしないのはとても楽だ。自宅だというのに知らない女が突然住む事に最初は抵抗したが、この女なら面倒じゃないと思った。


 張りぼてでも愛を望んでいない彼女だが、今後何処かで『運命の人』と呼ばれる誰かと出逢うだろう。

 いつか、彼女が誰かに恋をしたときに、しがらみなく家を出れるよう公爵家として力は尽くそう。

 それぐらいの事なら、いや、それぐらいしか、出来ないから。


 あとは放っておけばいい。関われば関わるほど情が湧く。

 人とはそういう生き物だ。

 もう、くだらない感情に振り回されたくない。大切な人が出来たところで面倒なだけだ。

 今もこうして父と母の写真が手放せないのも、ただ己の弱みを作っているだけ。

 だが捨てる事が出来ない。前に進めない。

 皆、結局は死んでしまうのだ。

 結局皆死ぬのなら、また居なくなるのなら、誰も要らない。

 大切なものほど失った時が辛い。もうあんな思いは二度としない。


 夕日に照らされ、ただ流れる景色を眺めて彼女は何を想うのか。

 それを知ったところで、私には関係ないのだが。

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