飼い主に似る


「うわ。公爵様のお屋敷も大変な大きさですね……」

「腐っても公爵家だからな」

「ああ……腐ってもねぇ……」


 ──宴からまだ2日。

 私は婚約した騎士団・団長ブルー・ハント公爵と共に暮らすため、公爵家の屋敷へ向かっていた。

 手際も段取りも良いのは素晴らしい事なのだが、本当にもう少しぐらい休ませてほしい。せっかく色々なしがらみから解放されたというのに。


 貴族というものは『同棲』なんて無いに等しく、むしろ相当特殊な理由でもない限り許されない。しかし私はその相当特殊な例なので同棲を許されたのだ。

 城より安全だと陛下も言っていたが、それほど公爵家は恐ろしい場所なのだろうか。違う意味で緊張するな。

 なんで同棲が許されないのか、という理由も怖くて聞けなかった。

(だって清廉潔白な処女でなければ〜なんて言われたらどうしていいか分かんないし。わたし処女じゃないもん)


 相変わらず目付きの悪い公爵。今回は馬車の中で二人して揺られている。ミハエルノウマとは違い、ゆっくりと、ゆっくりと、離れていくお城。二人に会話は無い。

 ただ、揺られているだけ。


(メグちゃんは私が居なくても上手くやっていけるのかな……)

 何だかんだで心配してしまう自分は優しいのだろうか。

 NPCだと思うのに、放って置けない。しかし他人に興味は無い。興味が無いから、他者から見れば優しいと思われるのだろう。

 他人に興味が無い人ほど、誰にでも分け隔てなく優しい。

 という事は仏様は誰にも興味が無いのか?

 いや、そんな訳はない。たかがそこらの人間の優しさと、仏の優しさは次元の違う話か。では何故わたしは興味が無いくせに他者を分析しているのだろうか。分析している時点で興味があるのではないか?

(……どうしよう。また宇宙に放り出された気分だ……ワケが分からなくなってきたぞ……)


「はぁ………」


 吐息と共に、悩みも宙に放り出してしまえと溜息ひとつ。

 未来なんて分からないがともかく誠実に向き合おう。私のためにあれだけ多くの人間が動いたのだから。迷惑は掛けたくない。

 ただ流れゆく景色を眺めて、そう誓った。



 ──そして現在、公爵家のアプローチにて。

 おかえりなさいませと並ぶ使用人達の瞳は、ハント公爵の瞳と同じだ。


「ようこそいらっしゃいました千聖様。この度は我が主人との婚約、心より御祝い申し上げます」


 恐らく執事であろう初老の男性は完璧な角度でお辞儀をするが、その言葉に心の一つも込もっていない。ましてやピクリとも笑わない。

 『飼犬は飼い主に似る』

 形ばかりの婚約者に向けれられる視線は冷たい。

 部屋に案内され、それからの説明はかなり事務的だった。ただ、仕事をこなしているだけ。

 ここの方々は『仕事』をしているようなので、私も仕事だと割り切ったほうが良さそうだ。元々期待なんかしていないし魔物狩りに行かされるよりよっぽど良い。


(ああ……だけどずっと此処で暮らすのかと思うと、何だか少し、疲れるな……)

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