お前のキャラすげぇな


「ブルちゃん結婚しちゃうのー!?」

「その呼び方はおやめ下さいと何度も、」

「やだやだーー!!」


 ブルちゃんとはブルー・ハント公爵のあだ名らしい。公爵の冷たい眼差しもメグの前では無力だ。

 国王であるオースティンがご機嫌で主催した宴はとても盛大なものだった。親の関係でパーティーというものは何度か経験したが、ここまで大規模なものは初めて。なにせ主役なもので胃が痛いのだが、とりあえず愛想良くしておけ。貴族の振る舞いなど知ったことか。

 加えてハント公爵を狙っていたであろう御令嬢方にチクチク嫌味を言われるのだが、たかが針程度の痛み。

 声を荒げる酔っ払いやクレーマーなんかよりよっぽど可愛い。そして陛下がお決めになった事なので、と言えば大体黙ることが分かった。

 メグより先に婚約してしまったのだからひとこと言いたくなる気持ちも分かるが、そんなものは知らん。

(実際その通りだし!?)


 盛大な宴にメグも楽しそうにはしゃいでいるが、その宴が終わってまだ余韻が残っている頃、「ところで何のお祝いなんだろうね!」と今後の事で話し合っていた私とハント公爵に千鳥足で絡んできた。


「え、メグちゃん分からずに参加してたの……? 私達が婚約したからそのお祝いだよ」

「ええっ! そうなの!!?」


 そして冒頭に繋がる。


「ブルちゃん結婚とかしなさそーなのにー! さーみーしーいーー!!」


 うだうだ騒ぎながらハント公爵の腕にしがみつくメグ。宴が終わったといってもまだ周りには人が居るから、そういう態度はメグにとっても控えた方が良いと思うのだが。私の婚約者になった人なのだから。

 ハント公爵もメグさん距離が近いですよと、精一杯の優しさで離れようとする。しかしメグは離さない。

(ああ……これは……典型的な女に嫌われるタイプの……)

 私も一緒に、「まぁまぁ落ち着いて。お酒飲みすぎなんじゃないの?」となだめるが、駄々が強いぞこの女。


「だってぇー! 結婚しちゃったら会えなくなるじゃーん! チーちゃんも居なくなっちゃうんでしょーー!? やだやださみしいぃーー!!」


(うん、もう分かったからお前は取り敢えず公爵の腕を離そう?? 胸めちゃくちゃ当たってるでしょ? ほんと傍から見たらヤバいからね??)

 はぁ、と溜息までつかれているのにそこまで出来るメンタルの強さったら。見習いたいぐらいだ。

 ハント公爵と二人して困っていると「メグ、どうしたと言うんだ!」なんて、颯爽と王子が現れた。愛しの〈アッくん〉だ。


「アッくーーん! ブルちゃん結婚するんだってー! 寂しくなーい!?」


 そう問われ、メグの掴む手を優しく公爵から引き離すアッくん。殿下はジロリとハント公爵を睨むが、当の本人は呆れた様子。王子であるアーサーも、実の父が自分より甥の方を可愛がっているのだから嫉妬している部分もあるだろう。

 ハント公爵を睨む瞳が、ほんの少し、私の父と重なって見えた。

(だが王子よ。お前の『婚約者』はどうした)


 王子の婚約者とは悪役令嬢風のカレン・ハーディーだ。ハント公爵と同じく、公爵家の長女。

 宴が始まる前に初めて挨拶したが、典型的な〈悪役令嬢〉だった。とても失礼なのだが、つり上がった目と、真っ赤な口紅に縦巻きロールは本当に申し訳ないのだが、そうとしか見えない。


 噂をすれば、なのかフラグを立たせれば必ず回収しに来る。

 カレンが厳しい目付きでヒールをカッカッと鳴らしながら「殿下ッ……!」と近付いてきた。


「女性に軽々しく触れてはなりません! 仮にもわたくしの婚約者ですよ! メグ様も、婚約者がいる男性に抱き付くなど以ての外です! 何度申し上げればご理解なさるのですか!?」

「カレンちゃんこわいー! なんでそんなキツく言うのーー!?」

「そうだぞカレン! お前はもっと優しく言えないのか!! メグが恐がっているではないか!」


 恋人が居る相手にボディタッチするんじゃねぇとはその通りなのだが、確かにメグや王子が言うように、少々言い方も勢いもストレート過ぎる。相手が子供・・だったりすると、あれじゃあ恐くて泣いてしまうだろう。

 伝えたい事は同じでも人によって言い方を変えなければ伝わるものも伝わらない。


「ッわたくしは、正しい事を言っているまで……! 御二人こそ何度注意しても直そうとなさらないではないですか!」

「誰がお前の言う事など聞くものか! こんな可愛げも無いような女の言うことなど!」

「な、なんですって……!?」

「何でいつもケンカするのぉーー……!?? 仲良くしようよぉーー……!」

「誰のせいだと思っているのですか! それに何故メグ様が毎度泣かれるのかわたくしには理解出来ません!!」

「お前がメグにキツく当たるからだろう!?」

「やぁめてよぉーー……!」

「そもそも殿下が───!!」


(えーっと? 私はまた何を見せられているんだい??)

 わんわん泣いているメグは、まるで小さな子供のようだ。しかし一連のやり取りでなんとなく分かった気がする。

 メグは皆に好かれたいのだ。文字通り、男女、年齢、関わらず。みんなに。

 きっとカレンとも仲良くなりたい筈だし、〈ブルちゃん〉とも今まで通り接したいのだ。


 恐らくメグの性格だから、前の世界でも彼女が出来てしまった男友達に今まで通り無邪気に接していたんだろうな。

(ま、そりゃ嫌われるっしょ。なんだかんだメグちゃん顔可愛いし)

 異性に好かれる事はメグにとって簡単だろう。しかし同性から好かれるのは中々難しい筈だ。両性ともに好かれるにはある程度器用さが必要だから。

 大体の『みんな』は、そんなに心が広くない。

 大体の『みんな』は、自分の事が一番好きだからだ。

 たぶんメグが望む世界は仏様がいらっしゃる世界でないと実現しない。


「メグちゃん、みんなお酒飲みすぎたんだよ。アルコールが入ると感情的になっちゃうからね。おいで、疲れたでしょ? きっとみんなも疲れてるんだよ。お風呂入ってもう寝ようね」

「…………うん。そうだね。疲れちゃった。チーちゃん、優しいね」

「みんな本当は優しいんだよ。さ、行こうね」

「うん」


 ああ仏様、見ていらっしゃいますか。

 私はまた悟りの境地に一歩近付きましたでしょうか。

(あ、仏様に認められたいと思っている時点でまだまだか)

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