不要不急の外出はお控え下さい。とかいうやつ
公爵家で暮らし、早2週間。
「あ!? ミハエルさん!? ちょうど良いところに……!」
「千聖さん? どうされたのですか?」
「実はお願いがあって──」
「──ディナー迄には必ずお戻り下さい」
「はい。かしこまり、ごほん、……分かったわ」
「では、行ってらっしゃいませ」
淑女教育を習ってしかいない、2週間。
ハント公爵の婚約者として相応しい女性になるように、との理由で教育してくれるのは有り難いのだが(勿論それも仕事としてなのだろうけど)、来訪者らしい事は何一つしていないのだがこれで良いのだろうか。大臣や神官兼研究者の方々からも特に連絡は無い。
(え、このままふつーに結婚して淑女な妻になれってワケ? 無理過ぎる……)
公爵邸の案内をお願いしたときも、「料理場やごみ捨て場など千聖様が知らなくても良い場所です」なんてスパッと断られた。
ドレスだって「季節に合わせたカラーにするのです」と似合わないパステルカラーのドレスを着せられる。季節感は勿論大事だが、誰にだって似合わない色というものがあるだろう。せめてイエベでオータムな私にも似合うトーンを着させてほしい。しかし融通がきかない。
(そりゃドレス自体はものすごく可愛いんだけどさ……!)
今日だってそう。
少し森の入り口辺りを散歩してみたいと言ったのだが、「魔物が出るので危険です。騎士も付いていない千聖様をそのような場所に連れていけません」と断られ、更には騎士が居ないから城にも連れていけないとまで言われた。
城の書庫にあった本も読んでいた途中だし、メグの様子も見に行けない。完璧な淑女になればこの屋敷を出れるのか。
(つか淑女ってなに!?)
一体私は此処で何をすれば良いのか。ずっと閉じこもって居れば良いのか。自分の事をラプンツェルとでも思えば良いのか。危険が及ばないようにとの言いつけを守っているのだろうが、限度ってものがあるのではないだろうか。
仕事と割り切りたいが、もうそろそろ限界。プライベートがあるから仕事だと割り切れる。残念ながら此処ではプライベートが無い。着たい服も、食べたい物も、少しの散歩も、何も自由が許されない。
傷や痣が未だ残る身体を他人に洗われる事が私にとって今一番ストレスだ。だが彼女らも“仕事”だから仕方無い。
それについて特別何か聞かれないし、きっと興味が無いのだろうな。友も居ないこんな義務の社会じゃ、あの阿呆と結婚した方が良かったのかもしれない。
(うん、ごめんなさい。大嘘を吐きました。許して下さい。さすがにアレとは結婚出来ねっす)
最近はまるで心を失った現代人のようだ。毎日同じ事の繰り返し。空を見上げる暇もない。せっかく異世界にまで来たというのに。
心を亡くすと書いて『忙しい』と書くけれど、今の状態は正にそうだ。恐らく心に"ゆとり"が無いから気持ちが閉鎖的になってしまっているのだ。
(だからゆっくり散歩をしたいんだけど……)
そんな所に丁度良くミハエルが現れた。
騎士団の資料を届けに来ただけのようで、それが終わればまた城へ戻るらしい。
だから利用させてもらうことにした。一緒に城へ行って、王に直談判だ。騎士が居なくて出してもらえないのなら騎士を付けてもらおうではないか。
「ということなので、一緒にミハエルノウマに乗せて下さい」
「ああ……、あはは、そうだったのですね。さすが公爵家に仕える使用人……」
「他の方にとっては有名なのですか?」
「んーーー、」
ぐるーりと目玉を回すミハエル。
周りに使用人が居ない事を確認して、「ええ、まぁ……」とそっと耳打ちの様にヒソヒソ声を潜める。
「団長を見れば分かると思うのですが、魔物より恐ろしい公爵邸だとか、むしろ全員魔物ではないかとか、王城勤めのメイドの間では公爵家に仕えると心を抜かれる、なんて話も……」
「ああ! だからアニーさんはハント公爵様を恐がっていたのですね!」
慌てて「しー……っ!」と人差し指を唇に当てるミハエルに、私は久し振りに笑った。
「ね? 納得でしょう?」
「はい。納得です」
「では行きましょうか。ミハエルノウマはあちらで待ってますよ」
そう言って丁寧にエスコートするミハエル。
この人も貴族出身なのだろうか。自然に腰に回される手が、育った環境で染み付いたもの、そんな様な感じだ。
「あ、ミハエルさん! その前にもうひとつ、お願いがあって……」
「何でしょう?」
淑女の嗜みを学んでいる時、森の入り口付近に咲いた桃色の花が気になっていた。
いつも窓から眺めるだけ。近くで見れないまま枯れるのを待つだけかと思ったが、今回やっと近くで見れる。
「綺麗に咲いてますね。見たことない花です……」
「この地域にしか咲かない花ですね。リアと言う地名と、夜になると淡く光るのでリアライトと呼ばれています」
「へぇ……なんだか自転車みたい……」
「ジテンシャ?」
「あ、私達の世界の乗り物です。ふたつの車輪を自分で漕いで動かすんです」
「車輪を? 漕ぐ?? 船でもないのに漕ぐのですか?」
「ふふ、確かに。そう言われてみると船でもないのに“漕いでる”んですけどね。今度イラストでも描いて見せますよ」
「それは楽しみですね!」
ああこんなのが幸せだな、と改めて実感した。
何でもない発見と何でもない会話。道端に咲く花を眺めて、笑い合える。
前の世界の友達は元気だろうか。
父と母は、仲良くやっていけてるかな。
元彼も責任感が強くお節介焼きの面倒見の良い人だったから、私が死んで、自分の事を責めているかもしれないな。
バイト先の人にも迷惑掛けてしまった。働きに行く途中だったのに。漫画喫茶の方の先輩は私が居なくなってまた休みなく働かされているのかな。
大学の先生には折角内定をとってきてもらったのに台無しにしてしまった。
強姦されかけていたあの女子高校生も、その子の親も、きっと責任を感じているに違いない。
私は新しい場所で人生の続きを歩んでいるけど、そこにぽっかり空けてしまった穴に本当に申し訳無く思ってしまう。
ゴンは死んで、もう失うものは無かったけれど、迷惑や心配だけは掛けたくなかったなぁ。
元気でやっていますと、どうにかして伝えられれば良いのだけど。
(そもそもアニーやカイと城で過ごしたあの時間も、もう既に懐かしい気がする……)
──パキ、
「……ん?」
道端に咲く花を見て過去を懐かしんでいれば、森の奥で枝が踏まれる音がした。
「千聖様、下がってください。恐らく魔物です」
「え、まもの……?」
剣の鞘に手を掛けるミハエル。
真剣な眼差しとその姿を見れば、未知のものへの恐怖が湧き上がるのと同時に、『見たい』という欲求が出てしまうのが人間だ。そう、結局は私も人間なのだ。
草を踏む音が段々と近付いてくる。
相手を逆撫でしない様にと、ミハエルはその足音に合わせ、ゆっくりゆっくりと音を出さぬぐらいにゆっくりと、剣を抜く。
そして、
現れたのは、
真っ黒な一頭の野良犬だった──。
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