一応これでも普通の大学生だったんです。


「して、二人を呼んだのには勿論ワケがある。ま、恐らくブルーは気付いていることだろう」

「はぁー……まぁ、検討はついております」


(は? なにこの人陛下に溜息とかついて良いの? そもそもハント公爵も居るなんて聞いてないんですけど? 前情報無さ過ぎて不安なんですけど??)


 そう、たったの三日だった。私の自由に過ごした期間。

 よく「若いのにしっかりしてるね」と言われることが多かった。しかし考えてみて欲しい。私はまだ21歳で、大学生。アルバイトはしていれど社会人では無いのだ。

 保険も自分で契約していないし、免許だって持っているだけに等しい。実家暮らしでバイトもちゃんと扶養の範囲内。

 友達とテーマパークに行くし、飲み会だってする。恋人が居たときは勿論デートだってしてた。春休みや夏休みは普段あまり遊べない友達と色んな所へ行ったし、恋人とは旅行だってしてた。

 もう一度言おう。

 私はただの大学生。

 ただ少し、人より少し、悟っただけ。


 家庭の事情はちょっと特殊だけど、かなり裕福な部類に入ると思う。金銭面で不自由はなかった。在日韓国人の父は背も高くイケメンだったし、母は大手化粧品メーカーの広報だったため肌も綺麗で美人だった。

 幼少の頃は何故父が暴力を振るうのか疑問で、何故こんな目に遭わなければならないのかと悔しかった。いっそのこと殺してやろうかとも思った。

 だがある時から考えが変わった。あれはまだ私が中学生だった頃、父の故郷へ家族一緒に帰った時だった──。


 祖父はすでに他界しており、祖母が迎えてくれた。

 私は初めて会う人だったが、初孫だからか私にはすごく優しくしてくれた。だが日本人の母にはキツく当たり、父には普通に手を上げた。優しくされる私に、父は悔しさ一杯の瞳を滲ませていた。


 父には妹が居たらしいが成人せずにこの世を去ったようだ。祖母の家にはその妹らしき人と母である祖母が仲睦まじく写っている写真があった。

 そこに父の姿は無い。何処にも無い。初めて、父の過去が伺えた。父は自分が受けた事と同じ事を私達にしているのか。

 同じ事は繰り返される。受けたものがそれなら、それしか知らずに生きてきたのなら。


 私が小学生のとき愛想をつかせて出て行ったわりに離婚もせず、たまに帰って来てはまた耐えられず出て行ってを繰り返していた母の行動が、何となく分かった様な気がする。

 今の私と同じく、可哀想だと思っていたのかな。

 けれど痛いものは痛い。

 ああ。でも、父も、痛かったのだろう。


 それから暫くはもう何が正しいのかが分からなくなって、分からないまま高校を過ごして、大学に入って、それから今に至る。思えばあの出来事が、悟りを開く第一歩だったのかもしれない。


 バイトは高校生からしていた。兎に角家に居たくなかったから。

 高校時代はただ漠然と働いていただけだったけど、大学生になれば単純に自立する為の貯金、好きなものを買うため、友達と卒業旅行をする為のお金、必死に働いて貯めていた。

 家は裕福だが父の薦めた大学には入りたくなかったので、学費は自分で払っていた。


 生活必需品の買出しは私の仕事で、毎月父から20万渡されていた。余った分は好きに使え、と。

 もちろん余るぐらい十分過ぎるし、水道光熱費は父の口座から引き落としだったのでお金は何だかんだで貯まっていた。父も私のために、『生活費』と称してお金を渡していたのだろう。バイトなんかしなくても良いように。

 大人になった今なら分かる。父は不器用な人だった。ただ、働くということがどういう事なのかは身を以て学べた。


 ガールズバーのバイトも、本当は両親に心配をかけたくないからいかがわしいところで働く気は無かったのだが、友達の叔父が独立して大事なオープン日に女の子が一人ドタキャンしたらしく、その代わりに出勤した。

 驚くぐらい友達とその叔父に頭を下げられたので了承した。その叔父さんにも何度か会っているし、お店が出来る過程も見ていたから、嫌な気持ちでは無かった。

 お願いしてきた友達は良いところの御令嬢だから自分が働くなんてもっての外だし、もう一人の友達は見た目も中身も委員長タイプだから確かに私しか居なかった。

 しかしお給料も勿論良かったし男の人を転がす手練みたいな人が一杯いて、新しい知識と世界が単純に楽しかった。

(そりゃあ接客業だし結構色々と疲れたけどさ……)



 はて………、何の話だったか……。

 そう。

 たったの三日だ。


 学校が終われば殆どバイト。週二でテコンドー教室にも行ったりして、たまに恋人と出掛けても上手く伝わらないもどかしさ。もちろん楽しかったけど気を遣われすぎて疲れる方が多かった。

 友達は其々家庭環境も専攻も違うから月に一度しか集まれない。大学四年生になってからはセクハラされるし変な噂はされるし、ゴンは死んで、挙げ句の果てには私が死んだ。

 友達と卒業旅行だって行けなかったし、必死になって働いて貯めたあのお金は何だったのか。

 そんな毎日を気にする事なく、新しい世界で、リセットされ、好きな事をして、寝て、お茶を飲んで、お菓子をつまんで、散歩して、ゆっくりする事がどれ程大事か、身に沁みて感じたのが、たったの三日。


 全ては表裏一体で、忙しい日があるから休日が身に沁みる。それは十二分に分かっている。

 けれど、けれど、もうほんの少しぐらい、休ませてくれても良かったのではないか。せめて一週間ぐらいは……。



 ──四日目の朝、

 アニーがいつもより丁寧に丁寧に私を着飾ってくれるものだから、おかしいなとは思った。

 ティールブルーのドレスだって今までよりぴったり身体にフィットして苦しいし、色味や化粧にヘアスタイル、時間を掛けてコーディネートされたのだなと見て取れる。しかしアニーの顔はどこか浮かない表情だ。

 恐る恐る理由を聞いてみた。これから何かあるのでしょうか、と。アニーは少し驚いて、「陛下からお話があるそうですよ。聞かされていないのですね……」と言う。

 そしていざ来てみればハント公爵が居る。何故。

(は? 何なの? 一体これから何を言い渡されるの? 魔物狩りにでも行けとか? 私に殺生は出来ませんからね??)


「うむ、これ程似合いの二人は居ないな!」


(………ん?)


「お前達は婚約してもらう!」

「…………はい?」

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