粋な計らい


「えーっと。朝食は部屋で頂くんですよね?」

「はい、左様でございます!」

「私すごい気合入った格好してるんですけどもしかしてこれが普通……?」

「え、えぇまぁ………申し訳ありません、ちょっと張り切り過ぎました……」

「ですよねー……」


 上から下までのフルコーディネート。異世界で文化が違うといえど流石に私でも分かる。これが外行き用だと。

 ランチは同じ異世界人の『メグ』と共に過ごす予定らしいので結局準備はするのだが、ちょっと早過ぎたかな。


 鏡の前で二人して苦笑いしていると、どうやら朝食の時間がやってきたようだ。

 腹の鳴りそうな香りを漂わせ手際よく並べるアニー。元の世界と変わらない美味しそうなホットケーキだ。

 ちゃんとバターとシロップも付いて、その場で紅茶も淹れている。

 食器がぶつかる音もなく感心してしまう。いつか時間があればまじで教えてもらおう。

(え。てか食事しているところをずっと立って見られるのキツくない……?)


「あの、アニーさん……一緒に座って紅茶でも飲みませんか……?」

「え!? そんなこと出来ません!」

「こういう状況に慣れてないのでふつーに落ち着かないです……座って紅茶飲むぐらい、ね? お願いしますよ」

「そ、そう仰るなら……お言葉に甘えて……」


 目線が合うと話しやすくなる。

 改めて今朝の私の行動について聞いてみると、やはり準備が早過ぎたようだ。

 アニーにやってもらうことを全部自分でやってしまった。知らなかったとはいえ、そりゃあドアを開け「えッ!?」と驚かれるのも無理はない。

 朝食を終え、折角綺麗に身なりを整えたわけだしランチの時間まで城内を見学しませんかと提案されたので勿論乗った。

 ランチは12時、あと4時間程度ある。どうせやることも無し、早めに色々観察しておいた方が自分の為にもなるだろう。書庫があるなら本でも読みたい。

(まぁ読む、というより読めるか確認したいんだけど)

 読めなくてもいいから世界地図なんかがあれば助かるな。もし文字が読めたなら歴史も気になる。とにかく何でもいいから情報がほしい。


 そして私は、アニーと護衛騎士カイと共に城を案内してもらった。

 いくら城の中といえど護衛は必要らしい。出来た人間でもないのに異世界人とは大層な存在である。

 しかし何処もかしこもプロの仕事だ。

 庭に枯れた花は無いし雨ざらしの壁もシミ一つない。干されたシーツにシワは無いし、汚れそうなゴミ捨て場さえも綺麗だ。

 バックヤードまで綺麗だなんて丁寧で心遣いの出来る人達が働いているに違いない。とまぁ変な所に注目しているからか、アニーと騎士のカイには苦笑いされた。

(いやでもさ。普段人に見えない部分に人柄って出るじゃん? 財布とか鞄の中とかぐちゃぐちゃで物多い人ってなんかこう……ズボラっていうか……効率悪いっていうか……)


 ところで此処のお給料は一体どのくらいだろうか。国の重要部だからきっと沢山貰っているんだろうな。

(ハッ! 就活生だったからついお給料を気にしてしまった! この国の平均月給も知らないのに……! うわそれにお金の単位も分かんないじゃん……!)

 馬鹿だなぁ自分。と己にツッコミを入れるぐらい歩くのもそろそろ疲れた。無理をするとまた傷が痛くなる。

 休むついでに本が読みたいと二人に伝えると、身分さえ証明できれば国民の誰でも利用できる書庫が城内にあるらしい。それってわりと安全な国ってことなのだろうか。身分制度があるのにかなり大胆だな。


 まぁまだ何も知らないから先入観はよそう、と書庫に向かっていると、「あ」とアニー。明らかに気不味そうな顔をしているのでカイと共に彼女の視線の先を追うと、金髪碧眼の王子の姿。どうやら婚約者らしき女性と何か言い合っているようだ。

(いや婚約者かどうかも分からないけど……王子の隣にメグさん居るし……それにあの悪役令嬢感は……ね?)


 つまりは修羅場というやつだ。男女の修羅場でさえそう滅多と無いのに。

(異世界生活2日目でこれかい)

 巻き込まれるのは御免だから当然無視して行こうとしたのだが、糞真面目せいじつなアニーは「王族の方をお見かけしたらご挨拶しないと……」なんて私の顔を見て言うものだからゾッとした。

 飛んで火に入る夏の虫とは正にこの事。そんな無謀な事を誰がするものか。


「え? アニーさん、誰か居ます? 私には何も見えないんですが」

「え、え……? 殿下と……」

「はい? カイさん誰か居ますか? 誰も居ないですよね?」

「ッそ! そそそそうですね! 誰も居りません……!」

「あ! えっ、と。……申し訳御座いません私の勘違いのようです……!」


 察しが良くて助かった。折角別の世界で生き長らえた命なのだ。もふもふするまで死にたくない。


「たまには遠回りもいいですよね。一回来た道とか戻るのも粋っていうか!」

「ええもう仰る通りで……!」

「喜んでお供致しますよ! ところで……“イキ”ってなんですか……?」

「う、うぅ〜〜〜ん……なんでしょう……」


 足早にUターンし遠回りしてでも、無駄なイザコザに巻き込まれる前に私達はその場から立ち去ったのだった。

 我ながらなんとも粋な計らいである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る