ドレスアップが楽しいようです


 ──コンコン、

「失礼致します。………えッ!?」

「あ、おはよう御座います。もうそんな時間ですか? 早いですね」

「いえ! あ、その! あ、お、おはよう御座います……」


 時刻は午前六時──。

 朝食は七時というから、身体を洗い、髪を乾かし、今はメイクの途中。


「体調は大丈夫でしょうか?」

「はい! 痛み止めを飲んだので大丈夫です! 傷自体は特に何も無いですし、恐らく感覚が残ってるだけだと思うので……、御心配をお掛けしました」

「いえいえ!」


 大学の教科書が入った鞄はあの時投げつけ、そのまま手を離した。けれど夜のバイトに向かう途中だったのでこの世界に持ってこれたバイトで使う制服という名の小綺麗なドレスワンピースとメイク道具、そしてスマホ。

 スマホは電波もWi-Fiもないので本領を発揮しないが、アラームとして使った。


 私はメイクをする前に服を着るタイプだが、部屋に用意された本物のドレスは残念ながら着方が分からなかった。恐らく着れなくもないけど着物みたいに決まりがあったら着ても意味無いし。

 だから腹を括った。他人に肌を晒さねばならない。

 最後の仕上げでアイラインを引いていると、アニーは困ったように立ち尽くしている。


「あ、ごめんなさい……アニーさんがどこまで何をされる仕事なのか分からなくて……」

「い! いえ! 文化が違うのですから最初は仕方ありませんもの! ただ、少し、メグ様とあまりにも違うものですから、」

「メグ様?」

「まだご説明されていなかったですね……申し訳ありません。メグ様とは千聖様と同じ異世界人です」

「……そう」


 それ以上わたしの口からは、と言うのでそれ以上は聞かなかった。アイラインを引き終わり鏡で確認したら、あとはアニーの仕事だ。


「あの、アニーさん」

「はい何でしょう?」

「着方が分からないのです」


 部屋に用意された五着のドレス。それぞれ違うデザインと色味。体型も不明な為か、ドレスはサイズ調整が利くような編み上げドレス。どれが似合うか分からないから何着かあるのだろう。

 取り敢えず自分に似合うオータムカラーのマスタード色を選ぶ。肌が出るのははばかられるが、似合わない物を選ぶと余計な注目をされるので致し方無い。

(紺色も良いけどえげつないバルーンスリーブとフリルがちょっと……)


「このドレスでお願いします」


 そう言って差し出すと驚かれる。感情が顔に出るタイプか。これまた動物のように分かりやすい人で安心する。


「え、っと……これじゃない方がいいですか……?」

「あっ! いえ! ただ、貴族のお嬢様方があまり選ばないようなカラーでしたので、申し訳ありません」

「まぁ肌色も髪色も違いますからね。私にはこういう色が似合うんですよ」

「なるほど、言われてみれば確かに仰るとおりです。ではこちらのドレスでお召し替え致しますね!」

「はい! あ、あと、その前にちょっと……」


 引かないで下さいねと、出来るだけ冗談めいた表情で寝衣を脱いだ。息を呑むとはこの事か。アニーは自分の口を手で覆って、震えた声で「どうして……」と一言。


「父がお酒を飲むと変わる人で。でも慣れてるので気にしないで下さい」

「気にしないでって……」


 まるで自分が殴られたように痛い顔をする。

 知らない場所だけど、最初に関わった人達が優しい人で良かった。ハント公爵はまだどちらか分からないけれど。


「本当に大丈夫ですよ? 父も過去に色々あったから。逆に私が居なくなってやっていけてるか心配なぐらいですよ」

「……凄いですね……まるで聖女です」


 ドレスを着せながらアニーは眉に皺を寄せて言う。

 まてまて。聖女だって? いやそれは困る。


「いえ、断じて聖女ではないです」

「そんな事……!」

「いえいえいえ! 絶対、私は聖女でもないし聖女なんかにもなりませんから! ええ。もう本当に、断じて!」

「そ、そうですか……??」


 あまりにも否定するのでアニーもそれ以上は言わなかった。

 そんな事を話していると、もう殆どドレスは着付けられてる。さすが城に仕えるメイド。手際が良すぎて思わず感心。

 私も手際が良い方なのだが、まだまだ修行が足りないなと痛感した。出来れば教えて欲しいぐらいだ。


 そしてアニーは「最後にちょっとキツく締めますよ」と後ろで言うので首でも締められるのかと思いきや、背中の編み上げを思い切り「ふんぬぅ!!」と締め上げた。ずり落ちてポロリするよりはよっぽどマシだけどかなり苦しい。私は成人式を思い出し背筋を伸ばす。


「わ、本当ですね。実際に纏うと色が肌に馴染んでいるのがよく分かります」


 そりゃあ私だってパステルカラーは好きだし似合うなら着たいけど。似合わないから仕方がない。そして肌を隠したい。腕が出すぎて流石に気まずい。なにか羽織るものだけでも欲しい。

 言うだけ言ってみるかとアニーに相談すると、接客の鑑のように「勿論です! 少々お待ち下さい!」完璧なスマイル0円。これは尊敬に値するだろう。



 ──そして数分後……。


「お待たせ致しましたぁ……! ドレスの色を考えて紺がいいかなと、あと折角なのでジュエリーも!」


 どこまで行ってたんですかという程息を切らし、ロンググローブとレースのストール、ダイヤモンドのネックレスとピアスを持ってきてくれた。まさかここまで真剣に考えてくれているとは思わず素直に驚く。


「そんな、そこまでして頂かなくても……!」

「いえ! 私がしたいのです! 髪もちゃんと結いましょう!」

「ええ!?」

「させて下さい!」


 両手をグーにして前のめりになるアニー。ハント公爵が居たときとは大違いだ。

 流石の私でもやる気に満ちたこの瞳を見て、とてもじゃないが駄目とは言えないのであった。

(てかそもそもお願いされると断れない性格なのっ……!)

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