長かった一日


「こ、こちらのお部屋で御座います……」


 とある部屋の前でメイドは足を止める。その扉を確認したハント公爵は、やっと私の足を地につけさせてくれた。


「重かったですよね、すみません」

「お前の為ではない」

「そうかもしれないですけど、御礼ぐらいは言わせて下さい有難う御座いました」

「……ふん」


 どうぞ、と開けられた扉。中は予想通り広いお部屋。

 TVの中だけだったスイートルームが、今目の前にある。


「おそらく私も明日まで帰れないだろう。必要なら遠慮せず呼んでくれ」

「はい。お先に休ませて頂きます。お疲れ様でした」


 きっと私が現れてしまったから報告書とか作成しなきゃいけないのかな。余計な仕事を増やしてしまったのは申し訳無いなと思い、バイトの時と同じようにお辞儀をしたのだが、顔を上げればまた鋭く睨んでいる。

 何故そんなに目付きが悪いのか。隣に立つメイドさんが恐がっているではないか。視力が弱いなら眼鏡をかけろ。


 何故睨むのかと首を傾げたら、散々睨んだ挙げ句マントを翻し来た道を戻っていったハント公爵。ホッと胸を撫で下ろすのは私ではなく、やはり隣に立つメイドだった。

 文化が違うから誤った行動でもしただろうか。

(まぁいいや……)

 これから知っていけばいい事なんだし。今日はもうとにかく疲れた。日が沈んで腹も減る頃だろうが、それよりも眠いし痛い。早く横になりたい。


「お風呂に入ってもう寝ます……着替えはありますか? あとお風呂場は何処でしょう?」

「着替えの方は既にお部屋にご用意させて頂いております。お風呂場はあちらのクリーム色の扉の向こうです」

「分かりました! では、」

「湯浴みされるのでしたら他のメイドも呼んで参りますので少々お待ち頂いても宜しいですか?」

「はい?」


 何故呼ぶ必要が、とまた首を傾げた。

 まさかとは思うが、メイド達に身体を洗われてしまうのだろうか。それは困る。


「精一杯お手入れさせて頂きますので、」

「え!? あ、あの、お風呂は一人で入りますよ??」

「はい!? しかし……!」


 やはりそうだったかと最近の異世界ブームに改めて感謝した。初めて漫画喫茶でバイトしてて良かったな思った。


「あの、私が居た世界では自分のことは自分でするのが当たり前で……! ていうか身体を他人に洗われるとか文化違い過ぎて逆に疲れます……!」

「そう、ですか……」


 絶対に嫌だからすっごく否定したら何だか落ち込ませてしまった。彼女メイドの存在価値をひとつ奪ってしまったのだから当然かもしれない。けどお風呂は一人で入りたい。


「あっ、で、でも……! 使い方が分からないかもなので教えて頂ければ……!」

「はい! 勿論です!」


 彼女の名前はアニーというらしい。さん付けしたら「おやめ下さい」と言われてしまった。

 見た目的には同年代のようだが、初対面で呼び捨てとは。なかなかハードルが高い。

 国王が居て、ハント『公爵』と呼ぶぐらいだし、貴族制度がある国なのだろう。生まれた場所的に貴族階級なんて関わりが無いけれど、いつかは慣れる日が来るだろうか。

(でも直ぐには無理)


「この社会に慣れるまで勘弁して下さい……」


 そう正直に言うと取り敢えずは納得。

 あとは、朝食の時間は七時であること。

 何か用があるときはベッド脇のベルを押すこと。

 部屋の外には絶対に一人で出ないこと。

 それらを説明したアニーは部屋を出て、やっと一人きり。


 服を脱いで、まだ溜めきっていない湯に浸かる。

 他人と一緒にお風呂なんか入れない。事情を知らない人にこんな不自然な痣だらけの身体は見せられない。服では隠れる場所だけど、それでもアニーにはいつか見せなければならないかもなと、今のうちに覚悟しておく。

 それから、痛みに耐えながらなんとか眠りに就いたのだ。

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