馬は可愛い
「お疲れさまです。到着致しました」
「あー……やっと……」
ずーーっと城は見えていたのに全く近付いている様子もなく約三十分。
最初の十分はそれこそ感動したが、街中を通るのは危険だからと裏手の森を抜けて来たので同じ景色のまま変わることはなかった。
有難う御座いますとミハエルに当然ながら御礼を伝えると、何故か凄く嬉しそうだ。犬系フィルターのせいかブンブンと振る尻尾が見えて少し可愛い。
「こちらです」
そう言ってミハエルは先導する。
後ろ姿を眺め、いっそのこと本当に尻尾でもあったならもっと打ち解けられるのかなと、出逢ってきた今までの人たちを重ね合わせた。
訳の分からない事で怒って急に無視する友達紛いな人間も、私の為だと勝手な要望を押し付けてくる元彼も、『こいつは猫だ』って、だからこんなにも勝手なんだと、そう言い聞かせた。
だがやはり、実際問題、猫ではないから許せない。
イライラして許せないから、いつからか諦めた。自分のことしか考えていないくだらない人間達に無駄なエネルギーを使う必要はないと、諦めた。
諦めたら心が軽くなった気がした。たぶん人に対して一番酷い人間だと思う。
最初の頃はきっと昔みたいにまた他愛無い話でも出来るだろうとか、気持ちを伝えればいつか分かってくれるだろうとか、期待していた。けど、諦めた。
期待に応えてくれない相手が悪いのか、それとも期待する自分が悪いのか。そんなことを考えるのも面倒になったのだ。
ゴンは、素直で良い子だった。
互いに信頼できていた。悲しい時も嬉しい時もそばに居てくれた。やはり、言葉のいらない動物が一番良い。
「お前もありがとね」
心の声を呟くように、乗せてもらった馬にも御礼を言うと、撫でる手が気持いいのか寄り添ってくる。
(ぐはぁ〜可愛いぃいぃ……!)と込み上げる感情が抑えきれず、多分、えげつない顔で笑った。
「ミハエルノウマ」
いつから居たのかハント公爵は私の横でそう言った。えげつない顔も見られただろうか。やめてほしい。これでも『女子』だぞ。
「はい?」
「その馬の名前だ」
「……は? もっかい聞いていいですか?」
「ミハエルノウマ」
「え?」
(何故そんな名前を付けた……)
顔の表情で言いたいことが伝わってしまったのか。ハント公爵はミハエルノウマを撫でて、「ミハエルが悪い」と言う。
「ミハエルがさっさと名を授けないから、皆が“ミハエルの馬”と呼んでいる内にそれが名だと認識してしまった」
「ぷっ、何それ! そんなことがあっていいんですか!」
納得いかなそうなミハエルも容易に想像出来て、何だか可笑しかった。
「そうかそうか。お前の名前はミハエルノウマか! 可愛いな、ミハエルノウマ!」
ミハエルノウマの肩をぽんぽん叩いていると、横に居るハント公爵の口角が僅かに上がった。動物に対してこの人もちゃんと笑える人なんだなと、少し安心した。
「お前の名は──、」
「え、何ですか千聖さん」
ミハエルミハエルと散々呼んだからか、先に進もうとしていた本物のミハエルが振り返った。
ハント公爵は私の名前を聞こうとしたのだろうが、タイミング良くミハエルが先に呼んでしまった。「天宮 千聖です」と、一応だがフルネームで名乗る。
一方ミハエルは隣に目付きの悪い上司が居るせいで顔が強張っている。多分また「ひぇ……!」と小さく声を上げたのだろう。
「ミハエルノウマ!」
「え?」
先導してくれていたミハエルに駆け寄って、先程あったことを話すと、予想通り不服そうだった。いじめ甲斐がある人とはこういう人なのだろう。
さすが皆が望む異世界転生。キャラクターに抜かりがないなと感心する。
「ふん、どうやら随分と親しくなったらしい」
「も、申し訳御座いません……!」
「既に王城の敷地内だ。無駄な私語は控えろ」
「はッ!」
「はい、すみません」
私達を追い越しながら、ハント公爵の冷たい眼差しが突き刺さる。私が現れたからか城の内部も慌ただしそうだ。
忙しいだろうに公爵が居るからか、わざわざ手を止め廊下の端に避け頭を下げる。ジロジロ注がれる視線も、走り回って荒い息遣いも、私のせいだと思ったら何だか申し訳無い。
城内部の感動も束の間、刺された腹部が痛むのでもう早く着いてほしい。ミハエルノウマに揺られ、この世界にも馴染んでくると己の意識が傷に向いてしまう。
「既にお待ちです」
「分かった」
ハント公爵に駆け寄り伝えるのは、黒い制服を着た男。随分と体格が良い。この人も軍人なのだろうか。それとも異世界だから騎士?
既にお待ちなのはきっと国王だ。
(あぁでもそんなことより傷が痛い……痛すぎる……)
死んだ傷の痛みは生理痛より痛い。そりゃ実際に死んだぐらいだから痛いに決まってる。
「失礼の無いように」
私に対して念を押すハント公爵だが、それどころじゃねぇよと突っ込みたくなる。そしてバイトで培った接客スキル舐めんなし。まぁこの世界の勝手は知らないけれど。
そして休む間もなく、扉は開かれた。
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