第28話 〜"心"編⑥〜
「岡田先輩、どうしてさっき夏に転ぶなって言ったんすか?」絵石が手術室に到着した岡田に聞いた。
「うん?あぁ、転んだら初期化するんだよ、あいつ。」
「うぇぇっ!?」すらっと答えた岡田の言葉に、磯辺,絵石,重時の3人ともが衝撃を受けた。
「それって、そういうプログラムにしたってことですよね?」重時が聞いた。
「あんなに強いロボットを作るのには、必ず弱点を作らなくちゃいけないんだよ。でも転ぶ時って何かに夢中になってたり、ぼーっとしてたりする時だろ?それって人造人間にはありえないことなんだ。ただ、今みたいに人格が完成しそうな時が一番危ない。」
「私、初期化なんてして欲しくないです…。」そう言う磯辺は泣き出していた。
「夏はもう、どっちがいいか選択したんですか?」さっきよりもさらに重くなった空気で、重時が聞いた。
「いいや。ただ、先輩の望む選択をしたいって言ってた。」
「先輩って、吉野先輩のことですよね。吉野先輩は何かおっしゃってました?」
「あいつもすごく混乱してた。本当に夏が好きだったからな。ただな、ぶっ倒れる前、もし夏が人間になったら、二度と会えなくなるんじゃないかって言ってたんだ。新しい記憶を入れずに今までのことを全てを教えるにしても、まず信じてくれるか怪しいしな。原始的だし、大変なことなんだ。」
「確かに、教えなければ今までのことは何も知らないっていうことになるのか。」
「新しい記憶って、どんなのですか?」
「まだ決まってない。少しずつ薬を投与することで、一ヶ月くらいで完全に記憶を入れ替えられる。」
「じゃあ、その記憶の中にUNTOの一部を混ぜ込めばいいのでは!?」さっきまで泣いていた磯辺の顔がパッと晴れた。
振り返った夏の目の前、15m程度離れた場所にいたのは、吉野 涼太だった。いつものように全身黒い格好で、優しい表情を浮かべている。
「先輩…?」何も考えなかった。考えたくなかった。先輩が目の前にいる。ただそれだけで夏は前に進んでいた。最初は、先輩が消えないように、足を引きずるように歩いていたが、彼が両手を広げて見せたときには走り出して、その腕の中に飛び込もうとした。
…が、からだの体重を先輩にかけようとしたため前のめりになり、つまずいてしまった。そのまま体はきれいに地面に倒れていった。
その場に、吉野 涼太はいなかったのだ。
「何すか、これ。何なんすか、あんた。」木陰に隠れていた絵石が出てきながら言った。
それに連なって、岡田,重時,磯辺も隠れていたところから出てきた。
「まだ試作品のリアル吉野君だ。吉野の姿が3Dで鮮明に現れる。声も顔も不器用なとこも、全部全部。」
「吉野先輩は不器用なんかじゃないですよ、岡田先輩!」
「重時君元気だねえ。それより夏を運んでくれるかい、絵石くんも手伝ってやれ。全員車に戻るぞ。」
岡田の指示に従って、重時が夏をおぶるのを絵石が手伝った。
岡田と手が空いた絵石は先に速歩きで車へ歩いていき、夏をおぶっている重時の隣で、磯辺はそれっぽく優しい顔をしてみた。
なつの記憶 初夏野 菫 @shyokanosmile
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます