翼竜

 早朝、我々は三人は宿屋で朝食を簡単に済ませ、ヤチメゴロドを出発した。

 トラブルがなければ、今日の夜までには帝国の首都アリーグラードに到着できるだろう。

 ソフィアは叔父のことなどを考えているのか、昨日と変わらず、あまり元気がなさそうだ。

 道中は何事もなく、オットーと共和国の残党について会話をしながら馬を進めた。


 午後、首都まで、大体、後一時間というところまで来た。あたりは、そろそろ夕暮れで空は赤く染まり始めていた。

「あれを見て下さい」。

 突然、ソフィアが声を上げ、空を指さした。

 私とオットーは、彼女が指さした方向を見た。

 ソフィアが指さす方向に、赤鉄色の胴体と翼をもつ異様な生物が空を飛んでいる。始めて見る生物だが、おそらく、あれは翼竜だ。我々三人は、始めて見る翼竜に声を出せずにいた。

 翼竜はゆうゆうと空を横切り首都の方向に向かっている。

「翼竜?」

 ソフィアが声を出した。

「首都が襲われる。急ごう」

 私は言って、手綱を打った。

 馬を急がせれば三十分程度で首都に着くことができるだろう。

 実際に翼竜と戦うことになった場合、翼竜がどのような生態かわからないので、戦い方も手探りになるだろう。若干の不安が頭をよぎる。


 三人は首都の街壁に到着した。さすが首都だけあって、街を囲う壁も見たこともないような高さと重厚さだ。門は開いているが、出入りには身分のチェックが行われるはず。しかし、居るはずの衛兵がいない。

「おかしいな」。私は首を傾げた。翼竜の対応に駆り出されたのだろうか。

 構わず、我々は首都内に入った。最初、人影はまばらだったが、街の中央部に向かうにつれ、あわただしく兵士が一方向に走っていくのが目に留まる。続いて重装騎士団の一団も通り過ぎる。我々三人もそれに並走して城に向かう。


 城の上空に先ほど見た翼竜が周回しているのが見える。城からは魔術師が放ったであろう、炎や稲光が見える。それらの一部は翼竜に命中しているように見えるが、まったく影響もなく悠々と飛んだままだ。

 しばらくすると、翼竜はいきなり城へ急降下し火を噴いた。


 我々は、ほかの兵士たちに紛れて城内に入った。重装騎士団の一団は広場で馬を降り、指揮官であろう者が号令を掛けると共に、城内に入っていく。我々も馬を降り、それに続いた。大勢の兵士、騎士団と共に、城の階段を上る。

 しばらく城内を進むと兵士の一団と、我々は城のベランダらしき場所に出た。魔術師が数人、上空に向かって炎や稲妻を放っていた。彼らの足元には、翼竜の炎に焼かれたのであろう焼け焦げた黒い遺体が数体横たわっている。ベランダの屋根を支える柱の陰には弓を構えている射手が十数名控えている。そして、ベランダに通じる通路には重装騎士団、兵士、我々が待機する形となっている。

 翼竜は弓も届かないほどの上空を旋回している。これでは、手の打ちようがないなと考えていた。上空を見上げていると、重装騎士団の一人が声をかけて来た。彼は頭全体を覆っている兜の目の部分だけを開き、鋭い目でこちらを睨んでいた。

「お前ら、何者だ、帝国の兵士ではないな?」

「我々は」。と、私が言おうとしたところで、ベランダで叫び声が聞こえた。翼竜が再び急降下してきたのだ。魔術師が火壁の魔術を使い、目の前が赤く光った。翼竜は火の壁を難なく突き抜け、ベランダに着地した。間近で見る翼竜は、翼を広げると十数メートルはある大きさで、見る者を圧倒する。周りの兵士達も思わず数歩後ずさりする。

 柱の陰にいた弓兵が、飛び出て一斉に矢を射た。矢は翼竜の皮膚を貫通できずに、ボロボロと床に落ちていく。次の瞬間、翼竜の口から炎は放たれた。魔術師と弓兵は炎に飲み込まれた。

 その炎が奥にいた我々のところにまで届かんばかりに伸びてきて、我々はさらに後ずさりした。炎の熱さが肌に突き刺さる。私は、咄嗟に水操魔術で水を放ち熱さから身を守った。蒸発した水蒸気が目の前の視線を遮る。ズーデハーフェンシュタットでエーベルにもらった魔石のせいか、魔術の威力が増しているようだ。思った以上の水量を放つことができた。本当に質のいい魔石のようだ。

 私に続き、オットーが水蒸気の方へ稲妻を放った。それに続いてソフィアも稲妻を放つ。すぐに水蒸気が晴れると、翼竜はすでに上空に飛び立っていた。再び旋回を繰り返している。

「奴を何とか地上に降ろさないと、戦いにならんな」、私は言った。「奴が空を飛んでいては効果的な攻撃が不可能だ。さきほど馬を降りた広場あたりにおびき寄せられればいいのだが」。

「私に提案があります」。ソフィアが向き直って言った。「アグネッタから念動魔術を伝授されています。私が空を飛んで、翼竜をおびき寄せて広場まで誘導します」。

 念動魔術については聞いたことがあるが、見たことはなかった。空を飛ぶ?そんなことができるのか?しかし、今、ほかの選択肢はなさそうだ、ソフィアを信じよう。

「任せる。気を付けてかかれ」。私はソフィアの提案を承諾した。そしてオットーに声を掛けた。「我々はすぐに広場に降りよう」。

 ソフィアは何言か呪文を唱えると、体が宙に浮きあがり、ベランダから飛び立った。それを見た兵士達からどよめきが起きる。

 私も驚いてソフィアの姿を目で追った。本当に空が飛べるのか。しかし、驚いてばかりはいられない。私とオットーは、ソフィアを見送るとすぐさま他の兵士をかき分け階段を駆け降りる。

 少し遅れて、先ほど、声をかけてきた騎士が叫んだ。

「我々も後に続け」。

 騎士たちも我々の後を追って広場に向かう。

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