共和国軍の残党

 正面の小柄だが、がっしりとした体格の男の一人が歩み寄り、馬を降りろと命令した。我々はそれに従う。

 男の顔を見ると火傷の痕が残っている。着衣は、かなり汚れているが共和国軍の制服だ。昨日、話に聞いた共和国軍の残党か?

 その火傷の痕の男は口を開いた。

「お前ら、帝国の者かと思ったが、ちょっと違うな」。

 我々の制服のデザインが帝国軍のものと少し違うのを見て言った。

「我々はズーデハーフェンシュタットから来た」。私は答えた。「私は元共和国の“深蒼の騎士”で、この二人は弟子だ」。

「“深蒼の騎士”だと?、それは本当か?」。男は驚いて言った。「ズーデハーフェンシュタットでの所属は?」

「首都防衛隊だ」。

「ズーデハーフェンシュタットには、まだ“深蒼の騎士”はいるのか?」

「共和国の軍隊は解体されてしまったので、形としてはもうない」。

「なるほどな」。男は、少し考えた様子で続けた。「名前は?」

「私は、ユルゲン・クリーガー。こちらの二人は、弟子のオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタインだ。」

「タウゼントシュタイン?」、男は驚いた様子でソフィアを見て続けた。「リヒャルト・タウゼントシュタインの近親者か?」

「リヒャルトは叔父です」。

 ソフィアも驚いて声を上げた。

「そうなのか!私は彼とは同じ国境警備軍に所属していた者だ」。男はソフィアに向き直って話を続けた。「申し遅れたが、私の名前はダニエル・ホルツだ。君の叔父とは友人だった」。

 少し沈黙してから男は続けた。

「戦争では残念なことになったが」。

「そうでしたか…。叔父の死に際を見ましたか?」。

 ソフィアは一歩、ホルツに歩み寄り聞いた。

「いや。開戦時、帝国軍は予想以上の大軍で越境してきたので、国境警備軍は大混乱となり潰走した。我々の仲間の多くは行方が分からない。ほとんどが戦死したものと思っている。君の叔父さんともその時以来、会っていない」。

 ホルツは視線を地面に向けて言った。

「そうですか」。

ソフィアは肩を落とした。

「我々は共和国軍の生き残りだ。多くはモルデンで戦った軍の所属の者で、一部は国境警備軍だった者だ。いまは、この付近にアジトを構えて、帝国軍や帝国の関係者を襲っている」。

 昨日、帝国の関係者にモルデンで共和国軍の残党がいると聞いた。彼らの事か。

「君らは、なぜここにいる。このところ、ここを通過するのは帝国関係者か、後は、せいぜい商人ぐらいだが」。

 ホルツは我々を睨むようにして言った。

「我々は首都に向かっています」。私は話した、「首都で起きている翼竜の襲撃は知っていますか?」

「聞いたことはあるが、詳しくは 知らない」。

「この一件は謎が多く、我々はその原因を突き止めるために呼ばれたのです。翼竜は帝国軍では手に負えないらしく、我々に白羽の矢が立ちました。しかし、本音は、帝国軍の犠牲をこれ以上出したくないので、我々のような元共和国軍の者を利用しようと言うことのようです」。

「翼竜が帝国を苦しめていることは我々としては歓迎だ」。

「しかし、翼竜は、帝国を苦しめるかもしれませんが、崩壊させることはできないでしょう。あなた方の望みは帝国を崩壊させ、共和国を復興させることでしょう。それは、我々も同じ思いです。しかし、そのためには綿密な作戦が必要だと思っています。我々は翼竜の撃退を理由に派遣されますが、これを機会に首都で帝国の内情を探ろうと思っています」。

「なるほど、君らの首都訪問は、帝国の内情を調べるためでもあると言うのだな」。

「そうです」。

私は、いつになく力強く答えた。

 ホルツの顔が納得したというように、少し明るくなったように見えた。

 ホルツは、一旦仲間の一人とその場を少し離れ、何言か話し合ってから、戻ってきた。

「君らを解放しよう。武器を拾いたまえ」。

 ホルツは笑顔で言った。

 私は、突然、思いついて言った。

「我々は首都訪問後、またズーデハーフェンシュタットに戻ります。なので、五、六日後にはここをまた通ることになります。その時に首都の様子を伝えましょう」。

「我々は、主に軍の様子を知りたい。現在の軍の規模や武器の技術などだ」。

「いいでしょう」。

 私は快諾した。ちょうど私も知りたいと思っていたことだ。

「わかった、またここを通ったら、矢を放つよ」。ホルツは笑って続けた。「冗談だよ。なんらか方法で接触を図るよ」。

 クリーガーは敬礼して、ホルツとその仲間と別れた。そして、元来た道を戻り先ほどの街道まで戻ってきた。

 オットーは、街道で共和国軍の残党が付いてきていないのを確認してから、私に話しかけてきた。

「ホルツとの話の内容、意外でした」。

「そうか? 何がだ?」。

「師が帝国の崩壊を口にしたことです」。

 私は微笑んで答えた。

「たしかに、私が帝国の崩壊を望んでいる、という話は余りしたことがないからな。ズーデハーフェンシュタットではどこに耳があるかわからないから、迂闊にそういうことは口に出せないし。それに、あの場は、あのように言わなかったら、下手をすると我々は彼らに殺されていたかもしれん。帝国の傭兵部隊だということも言わずに済ませたのはそのためだ」。

「帝国の崩壊を望んでいる話は、師の本心ですか?」

「もちろんだとも、帝国の崩壊はともかく、共和国の人間なら皆、共和国の復興を望んでいるだろう。私もそうだ。いつかそうなることを望んでいる。君たちもそうだと思うが、私が『裏切り者』と罵倒されながらも傭兵部隊を続けているのはそのためだ」。

「それを聞いて少し安心しました」。

 これまでは、オットーの本心である共和国再興が、私の本心と同じかどうか分からなくて、不安なところもあったのだろう。私自身もこういう話はしないようにしていた。オットー自身は帝国に復讐したいと思っていることは、普段の言動から類推できる。しかし、二百年以上も続いている軍事大国のブラミア帝国を崩壊させるのは、そう簡単なことでない。共和国再興も私の寿命がつきるまでに、目的が達成されるかどうか。


 ホルツのほうも、どこまで本当のことを話していたかはわからない。あの付近にアジトがあると言ったが、それもおそらく嘘だろう。どれぐらいの人数が残党としているのか。彼らの事でも知りたいことは多い。

 ソフィアも叔父の話が出て、いろいろ考えているようだ。ホルツに聞きたいことも、たくさんあったに違いない。いつもより無言で、うつむき加減のように見える。

 この旅は、二人それぞれに、いろんなことがあって、頭の中で消化しきれないでいるようだ。

 私は最後に一言、二人に告げた。

「今後は、逃げる敵を深追いするな」。


 共和国軍の残党に襲われたせいで、遅い時間の到着となってしまったが、我々は旧国境であるズードヴァイフェル川を渡り、もともと帝国の領土であった土地に初めて入った。そして、しばらく進み最後の宿場町のヤチメゴロドに到達した。街の周辺は、麦畑が広がりモルデンと同様に農業が主要産業の街だ。ゆえに、 “麦穂の街” とも言われているという。戦後は首都とモルデンのほぼ中間に位置するので、宿屋街としても栄えて始めているが、まだまだ小さな町だ。すでにあたりは夜のとばりが降りている。我々は宿屋を探し早めに就寝することにした。

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