勝利

 ソフィアはどんどん上昇し、翼竜と同じ高度まで到達した。念動魔術による飛翔は、アグネッタとの訓練でよくやっているので、慣れてはいる。しかし実戦で使うのは、今回が初めてだ。うまくできるかどうかはわからない、しかし、今は何とかして翼竜を地面におびき寄せなければ。

 ソフィアは翼竜の注意を引くため、指先から魔術で稲妻を放った。稲妻が翼竜に直撃するも、ダメージを受けている様子はない。しかし、翼竜はこちらに気が付いたようだ。バサバサと翼の音を立てて、こちらに向かって来た。次の瞬間、翼竜は口を開き、火を放った。ソフィアは寸前のところで、それを咄嗟に身をかわす。その瞬間、空中で少しバランスを崩しそうになった。空を飛ぶには持続的に念動魔術を使っている状態だ。そのため、追加で稲妻を放つのは、かなりの集中力が必要だ。

 ソフィアは一気に高度を下げ、広場に向かってスピードを上げた。翼竜は思惑通り、うまく後をついて降下を始めた。ソフィアが後ろを振り返ると、翼竜が再び口を開け、火を噴こうとしていた。炎をかわすため角度を変えて降下する。少し離れたところを炎が通過する。

 ある程度降下したところで、ソフィアは空中で身体を翼竜に向けた。翼竜はスピードを上げて降下してくる。ソフィアは剣を抜いて身構えた。翼竜とすれ違う瞬間、ソフィアは少し身をかわし、左の翼を狙って剣を斬りつけた。剣が翼に触れた瞬間、重い手ごたえが伝わってきた。しかし、その反動で手から剣が弾き飛ばされた。ソフィアの身体も空中で数回回転した。ソフィアは何とか体勢を立て直し、広場を見下ろした。切りつけた翼竜の左の翼は動きを止めていて、そのまま、どんどん落下していくのが分かる。広場に集まっていた兵士たちが、落下してくる翼竜をかわそうと広場の脇へ退避していくのが見える。

 翼竜は、大きな鈍い音を上げて翼竜は地面にたたきつけられた。かなりの勢いで落下したはずだが、まだ首や尻尾を動かしているところを見ると、これぐらいでは絶命しないようだ。しかし、落下したときのダメージがあったのか、動きは幾分か緩慢になっている。

 翼竜はゆっくりと体を起こした。しかし、左の翼は、だらりと垂れ下り、動くことはない。もはや飛行することは完全に不可能なようだ。


 帝国軍の兵士が一斉に翼竜を取り囲む。私とオットーも剣を抜く。翼竜は炎を放ち、尻尾を振り回し抵抗する。そのため誰も簡単には近づけない状況がしばらく続いた。翼竜の後方から、数名兵士が近づいたが、尻尾の直撃をうけ、弾き飛ばされた。

 さきほどベランダで、矢は体を貫通できないのを見た。たとえ近づけたとしても、剣は胴体を貫くことができるのか?

 奴の弱点はどこだろうか?

 兵士たちは迂闊に翼竜に近づくことができず、じりじりと後ずさりを始めた。

 私は、一か八かの作戦を思いついき、実行に移すことにした。

「奴の注意を引けるか?」。

 私はオットーに声を掛けた。

「わかりました」

 オットーは返事をする。同時に私は数歩前に進んだ。オットーは火炎魔術で翼竜に火を放つ。

 翼竜がこちらを向き、火を噴こうとして口を開いた、その瞬間、私は稲妻を口の中に放った。その時、翼竜がひるんで見えた。翼竜は炎を放つことなく、頭を空に向けた。少しは効果があったか。

「今だ!」私は思わず叫んだ。一気に駆け出して翼竜に向かう。剣を抜いて翼竜の首元に突き立てた。剣は分厚い皮膚にかろうじて僅かに食い込んだ。私はそれと同時に稲妻の呪文を唱えた。翼竜の首に突き刺さった剣から全身に電流が走る。翼竜はうめき声をあげて大きく首と尻尾を振り始めた。私は、力を込めてさらに剣を深く突き刺した。そして、もう一度、呪文を唱えた。体内で稲妻が放たれ、再び翼竜はうめき声をあげる。苦しみながらではあるが、同時に翼竜は火を空に向け放った。まだまだ、翼竜は戦えるようだ。私を見て歩み寄ろうとした兵士たちは、再び後ずさりを始めた。

 翼竜は首を大きく曲げ、私の方へ向けた。そして、炎を吐こうと口を開けた。私は翼竜の体の方に向いていたので、それに気づかないでいた。

「師、後ろ!」

 オットーの叫び声が聞こえた。その瞬間、私の視界が夕暮れの赤い空に変わった。

「師、大丈夫ですか?」

 ソフィアの声がした。その声を聞いて、ソフィアが私を後ろから抱えて空を飛んでいることに気づいた。下を向くと翼竜の放った炎が広場を赤く染めていた。

「大丈夫だ」。

私は答えた。私の剣は翼竜の首元に突き刺さったままだ。帝国軍の魔術師数名がそれをめがけて何度も稲妻を放つ。翼竜はそれに抵抗するように火を吐く。しかし、魔術師達の攻撃がじわじわとダメージを与え、翼竜の動きがどんどん弱まってきた。翼竜の動きがあまりなくなったのを見て、兵士たちが一気に駆け寄り剣や斧で襲い掛かる。上空から見ると、それはまるで獲物に群がる蟻のようだった。

 私とソフィアはそれと少し離れたところに着地した。

「助かったよ。ありがとう」

 私はソフィアに礼を言った。

「アグネッタから教わった魔術が役に立ちました」。

 ソフィアは少し嬉しそうに言った。

「念動魔術を始めて見たよ。まさか、空を飛べるとは」。

 私は、念動魔術を始めてみた驚きのあまり、その感想はうまく言えなかったが、もう一度礼を言った。

「ありがとう」。


 翼竜は、後は帝国軍の兵士たちに任せておいてもいいだろう。私とソフィアは、地上に降りた後は遠巻きに翼竜と兵士たちを見ていた。我々に気が付いたオットーがこちらに駆け寄ってきた。

「やりましたね」。オットーは息を切らせながら言った。「口の中に稲妻を放つとは。あとは突き立てた剣から体内に稲妻を放つのも。思いもよらない作戦でした」。

「咄嗟に出た判断だ。一か八かだったが、うまくいった。そして、ソフィアには助けられた。翼竜との空中戦もなかなかのものだったよ」。

「私も翼竜の注意を上手く引きましたよ」

 笑いながらオットーは言った。

「我々は良いチームだな」。私はソフィアとオットーの肩を叩いて言った。「この旅で再認識できたよ」。

 我々は翼竜を倒せたという自信から、久しぶりに心から笑うことができた。


 それにしても翼竜は手ごわかった。できれば二度と相手にしたくない敵だ。しかし、そうは言っていられないだろう。また翼竜と戦う機会があるかもしれない。今回の任務は、予想より大変なものになるかもしれない、ということを再認識した。

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