第74話 サヤカとソフィー

 私(サヤカ)が物心ついた時には、すでに母親はおらず、乳母たちに育てられていた。


 そして、6歳になった時、私はソフィア様に育てられるようになった。


「今日から、私のことを母と思いなさい。そうね、呼び方はソフィア様よ、うふふふふふ。それから、あなたは、私の娘マリアのお世話係ね。厳しくしつけるけど、しっかりと自分の仕事をこなしなさい」


「返事は?」

「はい」

「やり直し!はい、ソフィア様と言いなさい!」

「はい、ソフィア様」

「よろしい。では、今日から私のマリアと一緒に勉強したり、遊んだりするのよ、いいわね?」

「はい、ソフィア様」


 私は、言いつけに従い、マリアと行動を共にすることになった。

 マリアは、ソフィア様にあまり似ていない。

 似ているのは、眼の色が薄緑色というくらいだ。


 マ「サヤカ、ちょっとこっちに来て。くんくん・・・ちょっと臭いわね。これを使いなさい」

「はい、ありが・・・これ、臭いです!嫌です!」

「はあ~~?何様のつもり?あんたは、私のげぼくでしょ?げ・ぼ・く!げぼくは、おもちゃってことよね!お母様が言ってたもん。おもちゃなんだから、私が何をしようが、私の勝手だよね。だいたい、私より良い匂いがするなんて、許せないんだから!お母様は、げぼくは口答えしたら、せっかんしなさいって言ってたわ。えへへへへ、今のは口答えだよね。じゃあ、っ叩いてもいいよね、えへへへへへ」


 私は、顔を往復ビンタされた。

 とてもイタイ。

「いたい、やめて!」

 そう言ったら、今度は足で蹴って来た。


「あんた、生意気なんだよ!」

「私、あなたのおもちゃなんかじゃない!」


「あらあら、どうしたの?」

「サヤカが、私の頭を叩いたの〜、うえ〜ん!」

「ちがう、ちが」

「まあ!やっぱり、マリーの子は気が強いわね。今晩のご飯は抜きよ!物置部屋に入ってなさい!」


 こうして私は、出会ったその日、物置部屋で夜を過ごすことになった。


 怖いよ〜。

 ああ〜〜ん、えっ、うぇっ、えっ、え〜〜ん、ひっく、ひっく、ひっ、ええ〜ん。

 泣いても誰もやってこない。


 怖くても、お腹が空く。


 涙が出過ぎて、眼が腫れている気がする。


 こんな所でなんか寝られない。


 誰か・・・誰か・・・助けて・・・おかあさま・・・わたしのおかあさま・・・たすけて・・・・そうして、いつの間にか寝ていた。


「サーヤ、こんなになって、オレが助けてやるよ!」

「あなたは?」

「何を言ってるんだい?ト〇〇だよ。ほら、手を出してごらん。よいしょっと、ちょっと、重いな」

「もう、レディーに向かって!」

「レディー?なに、それ?」

「ふふふ、バッカじゃないの!」

「なにおーー・・ああ、これ食べる?母さんが作ったんだ。にごタルト!好きでしょ、サーヤは?」

「うん、大好き!ありがとう・・・うふふふ、ト〇〇も大好きだよ!」


「えっ?なんだよ、急に・・・・オレも好きだよ、サーヤのこと」

「えへへへへ、タルト、おいしいね。ありがと、ちゅっ!」

「な、な、なんだよ、急に!」

「えへへへへへ、いいじゃない、お礼だよ」



「・・・ヤカ・・・サヤカ・・・・起きなさい・・・風邪をひきますよ・・・」


「うん・・うあっ!ソフィア様!」

「うふふふふ、お母さんでいいわよ」

「お、お母様?」

「うふふふ、それでいいわ、それじゃあ、ご飯を食べて、身体を綺麗にしてから、寝ましょうね」

「はい、お母様」


 私は、さっきまで見ていた夢の事は忘れてしまっていた。


 こうして、私にしては、波乱の一日が終わった。


 新しいお母様は、時々優しい人になる。

 そう、とても優しい人に・・・・。

 いつも、こうなら大好きなのに・・・・。


 あれから、何十回か、私は物置部屋に閉じ込められた。

 また、お尻や身体をたれては、ヒールで治されるという折檻を何度も受けたりした。


 それでも、8歳くらいになると、もう、そういうことはなくなった。

 ソフィア母様は、とても優しくなった。

 ただ、マリアだけは、いつも私を目の敵にするのを止めなかった。

 ソフィア母様は、そんなマリアについて、私にごめんねと、いつも謝ってくれた。

 ソフィア母様、今は大好きだよ!


 こうして、私は、そろそろ10歳を迎えようとしていた。




 ~~~~~ソフィー視点


 私は、ピエールの子を身籠った。

 その当時の私の頭には、ピエールが一番大切で、他のモノなど、どうでも良かった。

 全ては、ピエールのため。

 ピエールが私を愛してくれるため。

 ピエールがこう言ったから、ピエールがこれが好きだと言ったから、ピエールがこうして欲しいと望んだから、ピエールが・・・・・。

 いつも、ピエールのこと、ピエールに抱かれること、彼の顔、彼の言葉、彼の仕草、それらが私の全てであり、私は彼のために、何でもやって、褒めてもらいたい、いいえ、抱いてもらいたいと思っていた。


 そして、私は何度も抱かれた、抱いてもらえた。

 彼が感じていると思うと、興奮した。

 彼をもっと、感じさせたい・・・そういう女になりたい。


 彼が疎ましく思うものは、この世から取り除きたい。

 彼が嫌がるモノは、排除しなければならない。


 彼は、マーガレットに嫌気がさしていた。

 いいえ、彼は、マリーと会うのを嫌っていた。

 彼は、マリーが嫌いだった。

 彼は、マリーをこの後宮から追い出したかった。

 いいえ、彼はマリーの居ない世界を望んだ。


 彼と愛し合った後、彼は「マリーが居なければいいのに。そしたら、もっともっと、ソフィーを愛せるんだけど・・・、ああ、でも今、激しく愛し合ったばかりだったね、あはははは!」と言った。


 この時、私は、決意した。

 他の元聖女たちを誘って、マリーを暗殺することを。

 もちろん、マリーという後ろ盾が無くなれば、例えマリーの子が第一王女でも、自分の子の出世は何とでもなると思った。


 他の聖女たちも身籠り、自分が愛されたいためか、自分の子が少しでも上の地位に行けるようになるためか、私の提案に応じてくれた。


 エリーの剣で殺すことは容易い。

 アヤカの魔法で殺すことも容易い。

 しかし、私たちの犯行だとわかってはいけない。


 そこで私たちは、アヤカが作った遅効性だが死に至る毒を料理に盛ることにした。

 盛るのはエリーだ。

 彼女は、頭は悪いが、動作は素早い。

 もちろん、これらを考えたのはわたし。


 マリーを食事に誘い、簡単に毒の盛られた料理を口にさせた。



 マリーには、女の子がいる。


 最初の頃は、ピエールしか頭になかったので何とも思わなかったが、だんだんと後宮で彼女を見かける度に、私は、あの時のマリーとの食事を思い出し、吐き気を催したりするようになった。


 私は、私のために、彼女、サヤカを自分の子として育てる決意をする。


 最初の頃こそ、情緒不安定で、決して良い母親ではなかった。

 彼女に対して、酷い事をしたことが何度もあった。

 彼女の顔を見ると、心がざわめき、イジメたくなる気持ちに抗えなかった。

 私は、彼女をイジメた後、酷く自分を責めるという矛盾した日々を過ごした。


 だったら、彼女を養育しなければいいというものだが、それは断固として受け入れられなかった。

 マリーに対する贖罪の気持ち?

 それもあるけど、私が今までに行った、癒しの気持ちとは真反対の嗜虐心による、使用人や下僕達への折檻を反省する為?

 それもあるけど・・・・今、考えると、実は勇者に対する贖罪だったのだと思う。

 ずっと、心の奥底に引っ掛かっていて、誰かを助けることで、それが少しでも無くなれば、いや、無くす切っ掛けを作りたかったのだ。


 10年経ち、私の精神は安定し、サヤカには、もう決して手を上げることは無くなった。私は、サヤカを養育するようになり、心の矛盾と戦うようになって、何かの呪縛からやっと解放された。


 そして、なぜあれほどまでにピエールが好きだったのか、今では考えられないくらいになっていた。

 

 心が乱れることが少なくなって来た頃、私は、聖王様から頂いた指輪を見つけた。

 今はめているモノを外し、それをつけたら、心がより安定するようになり、もう負の感情に支配されることは無くなった。

 だから、他の元聖女たちにも、そのことを教えて、今では皆仲良く、午後のティータイムを楽しむことができるようになった。

 今までは、お互いがライバルのように感じて、ギクシャクしていた。

 それが、今では不思議に感じている。


 ピエールへの愛情なんて、子どもを出産してからは一度しか抱かれなかったから、もう湧いてこない。

 それも、その時の彼のモノは、私を満足させてくれるモノにはならなかったから猶更だ。


 私は、彼の為とか、世の中の為とかで勇者を殺したのだが、今から思えばホントにそれで良かったのか、とても疑問に感じる。

 最近、よく勇者トーヤの夢を見るのだ。

 私は、彼のお嫁になると約束していた。

 でも、裏切ったのは私?

 いつも、私たちが彼を剣で刺した時の彼のなぜ?って顔と、首をエリーに斬られて飛ばされた時に私たちを恨みの籠った眼で見ていた顔が夢の中に現れる。


 そして、何度も繰り返し、その理由を探す、私。


 彼を殺したのは、私たち。

 彼とは、王国に帰ってきてからは、一度も話さなかった。

 彼の言葉を聞くべきだった。

 なぜ、彼の言うことを聞かずに、そんな大事なことを判断したのだろう?

 では、誰の言葉を盲目的に信じてしまったのか?

 それは・・・ピエールの言葉。

 えっ?

 なぜ、彼の言葉を・・・それは、私たちが愛し合っていたから・・・えっ?なぜ、あの時は愛し合っていたの?

 彼に会った時に、勲章の代わりに指輪を頂いた。

 あの時から恋に落ちたんだわ。


 トーヤに恋してたのに、トーヤを愛してたのに・・・なぜ?


 彼の事が好きになって、すぐに私の初めてをあげて・・・それから・・・それからは、彼の事しか考えられなくなっていた。

 それは、エリーもアヤカも同じようだった。

 そして、トーヤが邪魔だった。邪魔に思えてしまった。

 彼と身体を重ねる度に、トーヤの悪口を言わされた。

 トーヤの酷い行いを聞かされた。

 トーヤの醜く、歪んだ心を教えられた。


 この国が、この世界が滅ぶと思った。

 だって、勇者トーヤは魔王を倒した世界一の強者だから。

 そして、勇者を倒せるのは、私たち聖女だけだって。

 そう、教えられた・・・。

 誰から?

 ピエールから・・・だったか・・・。


 最近は、私たち元聖女は、その辺りの事を、あのトーヤの大好きだった小料理屋で話し合うのだった。


 でも、最後には、愛は盲目とか言うので、女っていうのは怖いわねってことで終わりにしてしまうのだけど、でも・・・でも・・・私は、あの恨みの籠ったトーヤの顔と、信じていたのに裏切られたといったトーヤの顔が忘れられないのだった。


 でも、サヤカの母親になって、私は救われた。

 私は、サヤカに感謝している。

 酷い母親だったけど、健気に言いつけを守り、酷い事をしても私を裏切ることなく、謝るといつも笑顔を返してくれた。


 この子は、とても良い子。

 ありがとう、サヤカ。


 サヤカには、幸せになってほしい。


 私は、教会へ行けば、いつも、そう、女神様にお願いをしている。












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