第73話 魔眼

 シルフィー姉さん、ぼく(トーマ)は大好きだよ!

 姉さんは、ぼくの母親であり、ぼくの先生であり、もちろんぼくの姉だ。

 優しくて、強くて、いつも僕の傍にいてくれる。


 僕のホントの母様は、死んじゃったけど、母様からもたくさんのことを教えてもらった。

 でもね、ほとんど忘れてきてる。

 だけど、頑張れば、誰よりも強くなり、誰でも守れるようになると、母様はよく言ってくれたのは覚えている。


 だから、ぼくは頑張る。

 頑張って、大好きな姉さんを守るんだ!


 姉さんは、暗部へ行くようになってから、変わってしまった。

 とてもやさしい時もあるけど、だいたいは、訓練がとても厳しくなって、弱音を吐くと酷く罵られるようになった。


 そして、いつしか日常生活でも、イジメられるようになっていった。


「トーマ、ちょっと、私の肩をもみなさい!」

「こう?」

 バチン!!左の頬を殴られた。

「い、いたいよ」

「あら、ごめんなさい。あなたのその左側の醜いところを治そうと思ったんだけど、手が滑っちゃったわ。うふふふふふ。ほれ、早く、もみなさいよ」

「こう?」

 バチン!今度は、右頬が鳴った。


「いたいよ、なぜ殴るの?」

「私は、あなたが大好きよ。誰にも取られないように、私のことを忘れないように、あなたに私の愛情を刻み付けてるの。だから、いいでしょ、このくらい」

 バチン!

「うふふふふふふ、気持ちいいわ。あなたもその痛みが私の愛情だと思って、もっと、殴られなさいよ!」

「ううううう、姉さん、ぼく・・・」

「うふふふふふ、ああ、可愛いわ。大好きよ」

 そう言うと、今度はぼくを抱きしめて、やさしく頭を撫でるのだった。


 姉さんは、おかしくなっている。

 やっぱり、暗部のせいだ。


 そうして、姉さんが暗部に入って、おかしくなり始めてから、何か月かが過ぎた頃、事件が起こった。



 暗部から帰って来た姉さんは、ぼくに稽古をつけてくれていた。


「ね、姉さん・・・ぼく、がんばるよ・・・・」

「あははははは!そうね、あなたには、がんばるしかないのよ!無駄だけどね。あはははははは!」


「でやぁーーー!!そりゃーーー!あっ!やっちゃった、醜い顔がちょっとはマシになるかと思ったけど、ダメみたい。くふふふふふふ」


「げほっ!ね・・ねえさ・・ん・・ぼく・・・がんば・・・・・」

 トーマは、気を失った。左の顔に木刀を打ち込まれて。

 ケロイド状になっている皮膚は破け、血が流れており、頭からも血を流していた。


「あははははは、いいわあ~、いいわよ!そろそろ、起きなさいよ!」

「姉さん、それ以上やったら、トーマが死んじゃうよ」


「えっ?ダメよ!死んではダメよ!ダメーーーーー!!!」


「げほっ・・・ねえ・・さん・・」


「よかった~~~~!じゃあ、まだできるよね。うふふふふふ」

「姉さん、ヤバいって!」

「なに?わたしを止める気?だいたい、甘やかすのはダメって、あんた(ジェイ)の口癖じゃないのよ!おりゃーーー!!」

「やめてよ、姉さん・・・あがぁ・・・」

 ジェイも打ち込まれて、倒れこんでしまった。


「くふふふふふ、もう邪魔者はいないわ。さあ、思う存分、打ち合い稽古をしましょうね、トーマ!!はあーーー!!えいえいえいえい、きえーーーーい!!」

 トーマに、連撃が放たれて、最後には、左顔面に木刀が叩き込まれた。


 トーマは、動かなくなってしまった。


「あれっ?寝ちゃったの?トーマ?うふふふふ、可愛いわね」

 そういうと、トーマに添い寝をするように、シルフィアは身体を密着させた。

 そして、トーマの顔を掻き抱いた。

 そして、シルフィアは意識を失った。



 ぼくは、暗い暗い闇の中にいた。

 しかし、しばらくすると、遠くに明かりが見えた。

 それは、とても暖かい明かりで、ぼくを手招いている気がした。

 意識をそこに向けて、行きたいと思った瞬間にはそこへ来ていた。


『母様?』

 なぜか、母様だとわかった。

『よく辛抱したわね。よくがんばったわね、私のトーマ』

『でも、ダメだったよ。頑張ったけど、ダメだった。ごめんね、母様』


『ふふふふ、良い子に育って、ママはうれしいわ。ここに来れたんだから、あなたは頑張ったのよ。そして、まずはあなたを治してあげるわ。よく見て、よく感じなさい!これが魔眼のチカラよ!』


 トーマの身体は暖かい光で包まれた、いや、トーマだけでなく、シルフィアも一緒にその光に包まれた。


『トーマ、良く見て、良く感じるのよ。あなたの眼は特別性なんだからね。特に左眼は特別性よ!決して、ダメな眼なんかじゃない。良く練習して、あなたの守るべきモノを守りなさい。あなたにはチカラがあるのよ。頑張れば、誰にも負けない、いいえ、誰もあなたを超えることができない絶対的強者になれる、そのチカラがあるのよ。だから、そのチカラを身につけて、あなたの愛するモノを守りなさい。もう、ママは行くね。愛しいトーマ・・大好きだよ!ママはいつもあなたの眼の中にいるわ。あなたをいつも見守ってるから、だから、あなたは一人じゃないのよ。いつも・・いつも・・・・ずっと・・・愛して・・・・・・』


『母様!待ってよ!もう行っちゃうの?かあさまーーーーー!!』


 ぼくは、目を覚ました。

 そして、ぼくは、目を見張った。

 ぼくの目の前には、今まで見て来た世界と違う世界が広がっていた。


 ぼくは、横に寝ている?姉さんを見る。

 姉さんから、どす黒いオーラが次々と出て行き、姉さんの顔が優しく柔らかい表情に変わって行った。

 眼の間にあった、縦に並んでいた溝は無くなっていた。

 目尻が吊り上がっていたのが、優しい本来のやや垂れ目がちのモノに変わっていった。

 口元がとがり気味だったのが、緩くカーブを描いて、笑っているような穏やかな感じに変わっていった。


 やがて、黒いオーラはなくなり、暖かい春の日差しの様なオーラが輝きだすのがわかった。


 ああ、これで姉さんは、元に戻ったんだ。

 母様、ありがとう。


 ぼくには、母様が治してくれたのがわかった。

 ぼくにやれと言われてもできないけど、できるような気もする、不思議な感覚があった。


 ぼくの眼・・・死んではいなかったんだ!

 ぼく、やるよ!

 がんばって、姉さんを守れるようになるよ!

 母様、見ててね!


 ありがとう、母様!


 トーマは、もうすぐ10歳になり、シルフィアは13歳になろうとしていた。


 彼らが訓練をしていた場所に、ギチギチと牙を鳴らす小さな魔物が居た。


 その音は、悲しくもあり、楽しくもあり。

 微かに聞こえるその音は誰にも聞かれず、ただ、微かに漂うのみ。

 空には、先ほどまでの晴天に雲が沸きで。

 辺りの空気には、穏やかな香りから変じて湿った匂いが混ざってくるような・・・。


 そして、風が静かに着実に、その強さを増して行った。


 そして、その小さな魔物は、器用に前足二本で逆立ちすると、どこかへ行ってしまった。

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