第68話 サーヤ逝きます!

 わたし(サーヤ=早弥香)は、転生して、ユーと結ばれるはずだった。

 それなのに。

 わたしは、教会の涙を流している聖母像の前で懺悔する。


 あの日、成人の儀、これがすべてを狂わせたのよ。

 トーヤが勇者にならなければ・・・・。


 王都に行っても、彼と会うことはできずに、帰ってきたら、お父さんと師匠が死んじゃって、涙を何度も流したわ。

 それから、間もなく、綺麗なモデルさんのような女騎士がやってきて、「私は勇者トーヤの妻になります。もう、身も心も捧げました。アナタとは、婚約破棄をするとトーヤから手紙を渡されました」だって。

 信じられなかったわ。

 でも、トーヤとその女がベッドでエッチをするのをその女が持ってきたオーブで見たの。


 トーヤに間違いがなかったわ。

 それに手紙の筆跡も、トーヤの文字だったし。

 会って、直接話が聞きたかった。


 そんな落ち込んでいた時、あのダルジが何かにつけて、私にちょっかいを出してきたの。


 ウザかった!

 最初は、ウザかったの。

 でも、毎日、毎日やられると癖になってくるっていうのかな?


 でも、わたしは、トーヤ命だったから、心を許すなんて有り得なかった。


 それが、ダルジがね、わたしを元気づけるために、山へ行って、薬草を探して来たのよ。

 その為に、彼は、山に生えていたカブの木にかぶれて、顔が今まで以上に腫れてたの。


 最初、誰?って思ったわ。

 でもね、笑いながら、その元気になるっていう薬草を渡されて、ちょっとだけ見直したわ。

 そして、笑かせてくれたのよね、笑ったのよ、わたし・・・何十日かぶりに。



 いいえ、もちろん、それでもトーヤの事を諦めてなかった。

 婚約破棄なんて、何かの間違いだと思っていたから。

 それで、私、王都に行く決心を固めたんだ。


 それで、一応、ダルジのとこに行って、報告したのよ。

 だって、いつも私のこと構ってくれるし、あんなのも、もらったからね。

 ああ、あの薬草は、売ったわ。

 だって、あれ、私、子供の頃から、薬草とかの知識があるから知ってるけど、強壮剤だよ。


 でも、ちょっとは、お金が入ったので、それはそれで良かった。


 そして、ダルジに会ってから、私は私でなくなった。

 それは、あの首飾りをダルジに掛けられたから。

 私は、ダルジを好きになっていた。

 まるで、トーヤとダルジが入れ替わったような感じで。

 私は、ダルジと何度もお互いの身体を求め合った。

 すぐに、ダルジの子を身籠り、それからもダルジと何度も身体を重ねることで、ダルジの考え方に染まって行った。


 感情も、欲望も、どす黒く染まり、それが言いようの無い陶酔感を与えてくるの。

 麻薬、そう、そのどす黒い感情は麻薬よ!

 性欲も支配欲も、常に強く、私の心に訴えかける。

 他人をイジメたり、痛めつけたりすることが快感になるの。

 それと、あの行為でも、Sになったり、Mになったり。

 それが日常・・・そう・・・そして、いつもトーヤの悪口を言って盛り上がるのよ。

 ダルジは、ことある度に、トーヤの事をいろいろと教えるの。

 みんな、嘘よ。

 なぜ、そんなことを信じたかなんて、狂ってたとしか言えない。

 なぜ、ダルジを愛したかなんて、魔法にかかったとしかわからない。


 そうよ、あの首飾りには、そういう何かがあるハズなのよ。


 ダルジは、私に、いろいろな虐待の仕方、なぶり方を教えてくれたわ。


 思い出すだけで、吐き気がする。


 魔物や魔人を殺す快感も、ヒトを殺すのも快感を感じて、もう、私はヒトでない何かだった。


 子供を身ごもり、子どもを産んで、私は偽りの幸せを感じていた。


 そして、トーヤ、あなたが会いに来た。


 わからなかったわ、最初、誰なのか。

 酷い事をしたわ。

 何度も足蹴にして・・・・ううううう。

 わたし、あのとき、感じてたのよ・・・なんという、なんというモノになり果てたんだろう。


 トーヤとわかって、私は、と思ったの。

 ずっと、そうダルジに聞かされて、そう思い込んでた。

 トーヤを殺さないと、世界の悪を殺さないといけないと・・・今思えば、私たちが世界の悪なのに・・・わからなかった、ダルジの言う事が、ダルジの望むことが、あの時の私の全てだったのよ。


 ダルジの笑顔がこの上なく愛しく見えるって・・狂ってたわ!

 いえ、もう、今、わたし、狂ってるよ!!


 こんな身体になって、こんな気持ちの悪い心になって・・・今も、殺したいとか抱かれたいとか、そんな気持ちがこみ上げてきそうで、吐きそうよ。


 トーヤは強かったわ。

 当然よね。

 わたし、あれから訓練なんてしてないんだし。


 でも、私には赤ちゃんがいる。


 この子の為にも、勝たなくちゃって思ったわ。

 でも、トーヤに、圧倒されて負けた。


 トーヤにやられたあと、私は赤ちゃんをあやして、そして、トーヤが赤ちゃんを見せてくれって・・・わたし・・この時だけ、なぜか正気になってたような・・・彼に喜んで見せたの・・なぜかわからないわ。


 そして、私は気を失った。


 あれから、気が付いたら、一人、ベッドで寝ていた。

 そして、起き上がると、シオンお母様が来たわ。

 お母様もあの首飾りをしてるの。

 私は、それを取りたかったんだけど、ワルジが来て、私にちょっかいを出してきたのよ。

 お母様は、それを笑ってみてるだけ。

 そして、ダルジが赤ちゃんを抱っこしてやって来たの。

 ワルジと一緒に気持ちいいことしようぜって!


 私は、怖くなって、逃げ出したわ。

 お母様、赤ちゃん、ごめんなさい!

 もう、この家には居られなかった。


 そして、いつの間にか教会に来てた。

 神父様は居なかったわ。

 でも、この涙を流した女神像がここに安置されてたの。

 この女神様は、今まで見たことがなかった。


 たぶん、女神好きのヨハンが、購入したか譲り受けたものなのでしょう。

 私には、その女神様だけが光って見えたわ。

 私は、思わずその前にうずくまり、両手をクロスして、ムネを抱きかかえるようにしたわ、そう、あのユーの部屋でしたお祈りの様に。

 そして、今、懺悔している。


 ダルジが憎いよ。

 でも、彼が居なければ、赤ちゃんは?

 私、このまま赤ちゃんを育てられない。

 いえ、今にも気が狂いそうなの。

 女神様、どうしたらいいですか?


 いっそ、狂っちゃえば・・・そう思うと、私はまた涙が流れた・・・どうしてこんなことに・・・ダルジが悪いに違いないけど・・・あの首飾り・・いったい誰が・・・。


 女神様、わたし、どうすればいいの・・・・・。


 わたしは、泣き疲れ、いつしか意識がなくなっていた。

 まるで、女神様がもういいのよと、言ってくれたような気がした。

 それから、わたしは、どう歩いてきたのか・・・。


 気がつくと、丘の上にいた。


 あの村を見渡せる、トーヤと結婚したら何をしたいかを語り合った場所だ。


 サ「わたし、トーヤとだったら、どこへ行っても幸せだよ!」

 ト「オレもだ!」

 そして、ちょこっとだけ、キス。

 綺麗なキス。

 もう、そんなキスがあったなんて、信じられない素敵なキス。


 うううう、汚れちゃったよ、わたし・・・・・・。


 何もかも、私の身体も、心も何もかもが、今は狂いそうなほどに嫌いだった。


 空には、あの時と同じように、星が綺麗にまたたいている。

 あの時と同じモノもあるのね・・・わたしのトーヤへの想い・・昔の想いを取り戻したい・・・もう、例え取り戻せたとしても、どうにもならないけど・・・でも、それでも・・・わたしは・・・前のわたしに・・・その想いだけでも・・・前のわたしでありたい・・・・。


 神様、女神様、この世界で通用するのかわからないけど、仏様、キリスト様、アラー様?あと・・・えっと・・・弁天様たち七福神様・・・すべての八百万の神様たち・・・お願いします・・・こんな時にしか願ったりしない愚かな私ですが、この世界に転生させて頂いた神様、お願いです・・・もう、わたしは、どうなろうとも構いません。トーヤを、勇者トーヤを幸せにしてください。

 彼の幸せが私の幸せです。


 欲深い私の、もう一つのお願いは、私の赤ちゃんの事です。

 私には、赤ちゃんを育てる自信がありません。

 赤ちゃんを見ると、ダルジのことが、どうしても脳裏から離れません。

 わたし、赤ちゃんを殺しちゃうかもしれません。

 もちろん、その時は私も死にます。


 でも、赤ちゃんの未来を私の狂った感情のせいで、台無しにするなんてことはできません。

 それは、私が今までダルジとしてきた悪行と同じです。


 私の命と引き換えに、どうか、トーヤと赤ちゃんの幸せをかなえてください。


 私は、それを念仏の様に唱えた。

 何回唱えたのだろうか、何度呟いたのだろうか。


 そうブツブツ言いながら、いつしか森の中に来ていた。

 私を見る人があれば、たしかに、それは狂人だったことだろう。


 私は、暗い森の中のハズなのに、辺りの景色がわかり、足元は覚束なくても、そこへ導かれるように歩いていた。


 そこは、池だった。

 知らない池だったが、

 その池の真ん中に、彼が居た。


 知らなかったけど、

 彼がいることを。

 わたしは、躊躇なく、池の中に入って行った。


 そして、彼の元へ・・・水が口の中に入り込んでくるが関係ない・・・彼の所へ、彼が手を差し伸べてくる・・・ああ、トーヤ、来てくれたんだ・・わたし・・ごめんね、トーヤ・・・トーヤ・・大好きだよ!!


 トーヤは笑っていた・・・あの頃のトーヤだった・・両目ともある・・優しい、はにかんだ笑顔・・・手を・・・彼の手を・・・掴むんだ・・もう少し・・もう少し・・指先が触れた気がした・・・。


 そこで、私は、暗い暗い闇の中に、意識が飲み込まれていった。



 その池は、真ん中だけ光って、そこを中心として波打っていたが、やがて、光も波も収まると、周囲は静寂に包まれた。

 いや、ただ、その池に突き出すように生えた梢から、ギチギチと牙を鳴らす小さな魔物の、微かな音が響くのみだった。







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